明治東亰恋伽(試し読み5)

 ーこの宮殿は、一体なんなのか。
 闇夜の中で幻想的に輝く建物を呆然と見上げながら、芽衣は思案する。
 宮殿なのか城なのか、とにかくその規模は広大だ。二階建ての砂糖菓子のような純白の外壁には半円のアーチ窓がずらりとはめ込まれ、室内のきらきらとしたまばゆい光がこぼれている。
 どうやら今夜はパーティーが開かれているようで、美しく着飾った紳士淑女たちが扉の向こうへと吸い込まれていくのが見えた。
(すごい・・・・・・)
 こんなにきらびやかな建物が日比谷にあるとは知らなかった。
 幼い頃に少女が思い描く、外国の令嬢の住まいをそのまま具現化したような豪奢な佇まいについつい感嘆のため息が漏れる。
「ここ、まさか、チャーリーさんの家・・・・・・?」
「はは、まさか。この館は誰の家でもないよ」
 ここまで道案内を買って出た奇術師は、館を背にして芽衣に深々と一礼した。
「鹿鳴館へようこそ。お嬢さん」
「・・・・・・ろくめいかん?」
 復唱しながら、芽衣は改めて館を見上げた。
 鹿鳴館といえば、明治時代に建てられた外交施設だと教科書に書いてあった覚えがある。外国からの賓客を招き、毎晩のように夜会を開いたようという歴史的建造物だったような。
(あれ?でも、大昔に空襲で壊されたんじゃなかったっけ?)
 それとも知らない間に復元されたのだろうか?このあたりの事情には明るくないのでよくわからない。
「じゃあ芽衣ちゃん、さっそく侵入しようか」
「は?」
 芽衣は聞き返した。
「・・・・・・今、侵入って言いました?」
「ああ、言い方が悪かったね。こっそり忍び込んでみようって言いたかったんだ」
「私には同じ意味に聞こえるんですけど」
 即座に指摘した。そしてどちらも同じく犯罪を匂わせる行為だ。
「ほら、耳を澄ませてごらん」
 芽衣の突っ込みを無視して、チャーリーは耳を澄ませるジェスチャーをした。
「優雅なオーケストラの演奏が聞こえてくるだろう?鹿鳴館の夜会といえば明治政府の威信を賭けたイベントだからね。ローストビーフにステーキ、鴨のグリルやミートパイ、それはもう豪勢な肉料理が次から次へと出てくるに違いないさ」
「・・・・・・・・・・・・」
 想像しただけでうっとりした。
 芽衣は、門の向こうに輝く白亜の館へと思いを馳せる。
 豪勢な料理はさておき、あの館の中に入ってみたいと思う好奇心はあった。「夜会」という響きに胸をときめかせない女の子などいるはずがない。
「あの正面玄関さえ突破してしまえば問題ない。入ってしまえばこっちのものだからね」
「え、でも、玄関のところに警備の人がいますよ?」
「やだなあ芽衣ちゃん。僕を誰だと思ってる?」
 チャーリーはシルクハットを取り、自信に満ちた表情で続けた。
「僕は稀代の西洋奇術博士・チャーリーだ。この僕に不可能なことなど、ほとんどないのだよ」
「・・・・・・ほとんどない、ですか」

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