犬が闇●をやっていた時の話①

「犬が闇●をやっていた時の話①」


団地のベランダで洗濯物が揺れている。
自分の失った生活が、陽の光に照らされ風を泳ぐ。
それを眺めながら煙草の残りを数えて、その内の1本に火を点ける。
この晴天と対照的な吾輩の明日を照らしておくれ。

こんにちは。犬のハルです。

「暴力団組長宅からロレックスと現金を盗んだ男達を逮捕」というニュースを目にした。
「まともに稼いだ金でないなら泥棒に入ってもいいと思った」という供述。
ハナから踏み倒すつもりで闇金から借入れをする人達のことを思い出した。
相手が違法な人間ならば金を騙し取っても良いという歪んだ正義。
彼等のような輩が、盗んだ金品を小説の鼠小僧の様に貧民に分け与える事はない。
実在の鼠小僧次郎吉も盗んだ金は酒色、遊興、博奕に使っていたと言うし。

あの日、H君からの電話が鳴った。
「090金融」の彼は2,3週間に1回くらいのペースで電話番号を変える。
債務者に契約させた、俗に言う「飛ばし携帯」。
クレジットカード、銀行カードローン、消費者金融等の全てで限度額を迎えた人間が闇金で借入する。
それも返せないという債務者に残された可能性が携帯電話。
契約時に信用情報を調べられる事はないからだ。
H君は彼等に各キャリアでiPhoneとiPadを契約させて自分達で使用、又は売却して金に変える。

電話を取った吾輩にH君が言う。
「後輩が新規の客に30万貸付けたんですが1回目の返済からバックレやがって。そいつの家、そっちの方なのでお願いできますか?」
因みに闇金と言えば「トイチ=10日で1割」という言葉が有名だが、H君のところは「1週間で3割」。
何度か借入して遅延なく返済する者は週2割になるがそれ以下の金利はない。

話を戻す。
まず吾輩は強面ではない。
幼少期より背は低く頭も大きい。
それに童顔である。
身体能力は著しく低いのでパワーも無い。
根は臆病で、オタクではなかったが不良だったわけでもない。
そんな吾輩が闇金の取立を請負う様になった経緯はまたいつか記すとしよう。

取立にはいつもMという爺さんを同行させていた。
M爺ともひょんな事から知りあった。
その出会いもいつか書くとしよう。
M爺は闇金のみならず個人間の金の貸し借りに首を突っ込み、取立てた金額の半分を報酬で持って行く。
いわゆる「取り半」。
えげつない気もするが、M爺にすれば何度も債務者の元へ足を運んだからといって必ず取立に成功する訳ではない。
一方、債権者も「どうあっても返してもらえない」と諦めていた金の半分が返ってくればラッキーだ。
何よりM爺は金に対する執着心が半端ではない。
だから吾輩はH君から回ってきた依頼をM爺に回す。
返す返さないの交渉は全て彼に任せていた。
M爺は過去に飲酒運転で人を轢き殺し交通刑務所に居た。
運転免許証を持っていないので吾輩が助手席に乗せて債務者のところへ同行する。

債務者Iは初回から30万借入できるだけあり、外構工事を請負う建設会社の社長。
だが、よく調べてみると雇われ社長。
彼自身は何の実権も持っていない。
客からの工事代金支払いですぐに返済できるなんてのはフィクションだ。
店舗にもよるだろうが闇金側の審査なんてその程度。
計画的に踏み倒しする鼠おじさんが湧いて出てくるわけだ。
吾輩とM爺が訪れた殺風景な土場に社員が出入りする様子もない。

土場からIの自宅へとハンドルを切る。
到着してインターホンを鳴らす。
留守のようなので車内で張り込んでいると、フィリピン人らしき女性が買い物袋を提げて帰宅した。
恐らくIの妻だろう。
フィリピン人妻が家に入ったのを確認してM爺が車を降りる。
かなり粘着質にインターホンを鳴らすが応答はない。
M爺がやっと助手席へ戻り、今後の展開について話し合っていると、やってきたパトカー3台に囲まれた。
フィリピン人妻が呼んだらしい。
恐らく不穏な空気を感じた彼女がIに電話をかけ、彼が警察を呼ぶように指示したのだろう。
警察官には「友人がIさんにお金を貸したが返してもらえない。Iさんは電話にも出てくれない。困り果てた友人に泣きつかれて事情を聞きに来た。」と説明をして撤収した。

その日の内にIからH君の元へ電話があった。
自宅に突撃された事に対し、かなり焦りを感じたようだ。
後日、Iの会社で話し合いをする事が決まった。

《続く》


P.S.

犬生活を始めて10日。

労働する根性も闇金から借入する根性もありません。

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