嫌われる勇気 感想

●本を読む目的:
 
心理学の入門書を読み、自分は「課題の分離」が出来ていないことが課題だと感じた。個人心理学とも言われるアドラー心理学をインプットし、必要以上に他人に気を使わないような、自分をしっかりもった人間になりたいと考えた。

●印象に残った内容:
過去に支配されない生き方
 アドラー心理学では「過去にいじめを受けたせいで、外にでるのが不安で引きこもりになってしまう」といった「過去の経験が、現在の自分を形成している」という原因論を否定し、「外に出たくないという目的があるから、
不安といった症状をつくりだしている」という目的論が唱えられる。つまり人間は「自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定する」のである。だからこそ、過去の経験にどのような意味を与えるのかを自分で決定し、どのような性格・考え方をするのか、どのように生きていくのか(ライフスタイル)を自ら決定することができる。「なにが与えられているか」ではなく、「与えられたものをどう使うか」が重要。いくらでもある「やれない理由」を見つけて不満を言うのではなく、変わる不安に踏み出す勇気が必要。

すべての悩みは対人関係の悩みである
 青年同様私もなぜ自分の短所ばかりに目がいき、自分を好きになれない。それは、私の目的が「他者との関係のなかで傷つかないこと」であり、自分の劣等感を言い訳にして、傷つくことから逃げる、ダメージを軽くしようとしているから。また、仕事においても、「大きな責任を負いたくない」という目的があるから、「仕事ができない状態でいる」ことを求めているし、そうあろうとしているのかもしれない。
 
・劣等感は、主観的な思い込み
 ・劣等感は自らの価値判断に関わる言葉、つまり「どのような意味づけをほどこすか」である。身長もそれ自体はただの数値に過ぎない。身長が155cmであることを「身長が低く、頼りない」と思うのか、「人に威圧感を与えず、リラックスさせられる」と主観的な解釈で劣等感となるか否かが変わる。

・言い訳としての劣等コンプレックス
 理想の自分と現実の自分を比較し、劣っているように感じるのが正しい劣等感で、それをバネに努力するための促進剤となりうる。一方で、その劣等感を言い訳に使い始めた状態は「劣等コンプレックス」である。自分はまさにこの状態であると耳の痛くなる思いである。「一歩前に踏み出すことが怖い。また、現実的な努力をしたくない。」つまり変わる「勇気」がないだけである。
 劣等コンプレックスを変えるには、対人関係を「競争」の軸で捉えることをやめなければならない。

・「お前の顔を気にしているのはお前だけ」
 「他者はそれほどにも「あなた」を見ているものでしょうか?」とあるように、他人はそこまで自分のことを気にしているだろうか。また逆に、自分は他人のことをそこまで気にしているだろうか。確かに、自分は仕事においては上司やクライアントからどう見られるかを、とても気にしている。だが、電車なんてたかだか数分、仕事でも1日24時間のうち、8時間。実際に接する時間とすれはそのうち1〜2時間である。1日という大きな枠で考えると、そこまで気にしていないのだ。それにいちいち気をとられ、自分に影響してしまうのは正直時間の無駄とも言える。

・他者の課題を切り捨てる
 私はこれまで他者の評価を気にし、他者から評価を受けることで自分の価値を実感していた。しかしそれは「他人の人生を生きること」であり、苦しいものである。自分の課題と他者の課題を分離することを意識しなければならない。誰の課題か、は「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰か?」という観点から識別できる。他人の承認を求め、他人の視線を気にするのは「課題の分離」ができていない証拠。またそれは、他人の評価を気にしている人は、「自分が他人からどう見えるか」という自分へ強く関心をもっているという点で「自己中心的」といえる。また、他者も他者の人生を生きており、「他者はあなたの期待を満たすために生きているのではない」から、他者が自分の思い通りに動かないことで、他者に失望するのは「仲間」を失う事になる。

・より大きな共同体の声を聴け
 会社の中での役職や肩書きに萎縮し、自分の意見が言えなくなってしまうことがある。会社という共同体ではなく、社会など大きな共同体で考えると対等な人間同士であり、そういった「横の関係」を築くことが対人関係でうまくいくコツ。

・人は、ほめられることによって「自分には能力がない」という信念を形成していく
 「ほめる」のは相手を下に見た、縦の関係に基づく行為であり、相手を操作しようとする=他人の課題に踏み込むことにほかならない。また、「ほめられること」つまり他人からの評価が目的となってしまい、他人の人生を生きることにつながってしまう。他人から評価されるのではなく、感謝されることで、主観的に他者への貢献を実感できる。

・自分には価値があると思えるために
 自己受容:良いところも悪いところも、ありのままの自分を受け入れ、変えられる部分のみ、勇気を持って変えていく。「自分のできること」と「自分のできないこと」を見極めること。→課題の分離ができる。
 他者信頼:裏切りを恐れず、いっさいの条件をつけずに他者を信じること。(裏切るのは他者の課題)→他者を「仲間」と見ることができる。
 他者貢献:他者が私になにをしてくれるか、ではなく、私が他者にできることをする。(見返りを求めない、他者の反応を気にしない)→誰かの役に立っていると感じ、ありのままの自分を受け入れることができる。 
 本当に貢献できたかなどは分かり得ないし、他者の課題だから、主観的な貢献感が得られれば良い。承認欲求は、主観的な貢献感が得られていない人が、貢献感を得るのに手近な手段として利用している。


●感想
・目的論の概念はなんとなくわかったし、過去にとらわれず今からどうするかに焦点を当てることで今後の人生をよくする考え方になりうるだろうということはわかる。ただし、仕事にどう取り入れられるかはよくイメージがつかない。

・課題の分離まではなんとなくわかるが、共同体感覚については、青年が主張するように実際の生活において取り入れるのは難しいだろうという感覚になってしまう。実際いくら役職を盾に「責任を回避している」といわれても、、仮に役職を取り払っても経験の差、知識の差があるのは事実で、対等に横の関係性を築くことができるだとうか、、より大きな共同体を意識する。また、無責任だという点では同意する。自分で考えて覚悟をもって行動することが必要。

・「いま、ここにスポットライトを当てる」というのも、今を真剣に生きるという考え方として理解はできるが、まったく先のことを考えないというのもなかなか難しい。とはいえ、過去に意味はなく「これから何ができるか」という点にフォーカスするというのは、その通りかついろいろな本に書いてある内容で腑に落ちる。ただし仕事においては、同じミスを繰り返さないという自分の課題のためには振り返りや原因分析も必要と思う。

・「勇気」とはなんだったのか。「貢献感を得るために、他者から嫌われることを厭わず、自己を受容し、他者を信頼し、他者に貢献するように行動していくこと」ではないだろうか。

●すぐに取り入れられる改善・アクション
・「自分にできること」と「できないこと」を見極めるように意識し、他者の課題に踏み入らないこと。
・何度も読み返して、取り入れる。

●出典:
岸見 一郎,古賀 史健. 嫌われる勇気 ダイヤモンド社 2013年

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