バイトあれこれ・番外編

 バイトあれこれ・その1「やまだや」を書いた時には、次々と書きあげるつもりでいた。なにせネタには尽きない。だけれど、ものごとというのは何でも「はじめて」がおもしろい。いや、おもしろがられる、おもしろいと思ってもらえる。一発屋と呼ばれるのは歌手に限ったことではない。
 その1は勢いで書ける。その2は、勢いだけでは無理だ。noteの書き手の主旨はそれぞれだろうが、私にとっては単純明快、読んだ人が「おもしろい」と思ってくれるものを書きたい。そのためには、当り前のことだけれど、自分自身が読んでおもしろいものでなければ……。結果、下書きに中途半端に終わってストックされたものが日に日にたまっていく。
 バイトあれこれ・その2に書くものは、その3、その4よりもある意味難しい。他人《ひと》があまりやらない「変わった」バイトについて書こうか。しかし、手持ちの中から切り札を先に出してしまうとあとが続かない。それでは「平凡な」バイトをとりあげて、だれでもが「ある、あるー」と共感してもらえるものを書こうか。しかし、それには文才が必要だ。

 話を脱線させるが、最近その手の「ある、あるー」と同時に、「上手い!」と唸った小説を読んだ。ブレイディみかこ著『私労働小説ザ・シットジョブ』である。ベストセラーになった『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』よりも、彼女の作品で最初に読んだ『子どもたちの階級闘争』の方が私にはおもしろかった。以降エッセイ本を何冊か読んだけれど、一発屋では終わらず地べたから抜け出した人が書くそれは、成り上がりの演歌歌手のようなうさん臭さも漂いはじめ、そこには読者である私の嫉妬心も大きく関係するのだろうけれど、食指が動かされることはなかった。 
 だが、この小説は動かされっまくりで一気に読めた。フィクションとはいえ、自伝がベースにあるのは確かで、ブレイクする前の彼女や彼女の近辺で起こったことがモチーフとなっているからだろう。鼻持ちならない、と私が感じてしまう表現はなく、ほぼ同じ時期に渡英し、パンク好きで(私はセックスピストルずよりザ・クラッシュだったけれど)、「貧乏がかっこよく見え、ここなら息がしやすく、生きられる」と同じように感じた若かりし頃の追憶にひたることが出来た。
 そして、また、自分でそう呼んだことはないけれど、本書の主人公のようにシット・ジョブの経験も同じようにある。
 しかし、ただそれだけなら、私にも書ける、もっとおもしろく書ける、と傲慢な思いも浮上する。が、おおー、そうかー、そんな風に表現されると、ははー、まいりましたーと、私にも書けるなんて思い上がった根性を入れ直しますです、はい、と背筋を正して物語を味わうに至るのだった。それは、いまだにシット・ジョブを転々と繰り返す私には、過去の郷愁を喚起するだけではなく、現在の痛みに寄り添ってくれる言葉として響いてくるからだ。

 というわけで、文才がないなら、内容で勝負といきましょうか。
 いままでやってきたバイトのあれこれを書き出してみる。すると、今度は「バイト」というカテゴリーがゆらいでいく。フルタイムで働いていたものは「バイト」に入らないのだろうか。「仕事は?」と聞かれ、会社員です、教師です、カフェ経営しています、と答えられるようには、バイトしています、では通りが悪くなるのはなぜだろう。バイトのなかみ、職種は色々なのに、雇用形態だけで、ちゃんとした仕事ではないと切られてしまう。惰性でただ続けている人よりよっぽどちゃんと仕事しているのにと思わぬではない現場も多々あったぞい。なんてうだうだ考えているうちに、その2が書けなくなった。
 ドイツの哲学者ハンナ・アーレントが『人間の条件』で示した「労働」「仕事」「活動」の類型に照らし合わせてみると、私の半生は「活動」に重きが置かれていたように思う。そこを選び取ってきたからではなく、夢想したのは、「仕事」が、「労働」になり、「活動」へとつながり、多面的なアイデンティティのもと幸せな生活を送ることだったが、そんな無茶なという話でもあり、実現には至っていない。

 最近、臨時雇用のプロと自負する60代のフリーライターの記事を目にした。気持ちひとつで「仕事」はしんどいものにも楽しいものにも変わるという主張は、個人的なことは社会的なことという視点が抜け落ちるので危ういが、一ヶ所膝をたたいた箇所がある。
 「仕事は主に、頭を使うか、気を遣うか、体を使うかなの。一番大変なのは気を遣うだけの仕事。私は体を使う仕事を選んだ。正しい汗をかいて、一日の終わりに安らかに寝る。こんな幸せなことないわよ」
 どんな「仕事」がその人に合っているかはそれぞれだろう。頭だけを使うのではなく、気も遣うものや、単純に3つに分かれるものでもなし。
 とはいえ、バイトと仕事の線引きをどうするか問題は解決されないが、その3つの分類は、バイトあれこれを綴るのに役立ちそうだ。「変わった」バイトや、「平凡な」バイトというカテゴリーではなく、頭・気・体、ときにハイブリッドではあるけど比重が高いものという視点でこれまでのバイトあれこれを振り返ってみる。そこから見える人間模様。これなら私自身がおもしろがって書き進められそうだ。

 編集者や誰に頼まれて書くわけでもない、noteっていうぐらいなんだから、走り書きでもなんでもありだろうに。こういう生真面目さが自分自身を苦しめることを知っていても、一方で、好きなんだなー、私のこういうところ。
 番外編というよりも、その2は必ず書くからねという予告編のような文章になってしまいましたが、あしからず。 

 

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