ある朝、青年が何か気がかりな予感とともに目を覚ますと、自分が床に固定された椅子に拘束されていることに気が付いた。
　部屋は半地下のようで、くすんだ二つの窓から淡い陽が差し、部屋を舞う埃が照らされて光っている。
　青年の両手足は椅子に金具で固定されており、身動きがとれない。部屋を見渡すと、洗面台があるぐらいで無機質なコンクリート打ちっぱなし。殺風景で、寒々とした雰囲気がたちこめている。
　正面にペンキで塗る潰されたようなドアがあり、心の準備もなにもないまま、開いた。
　黒いシャツとズボンに業務用のエプロンと長靴。豚のマスクをかぶっている。おそらく男性。十中八九、マトモではない。
「これはどういうことだ。俺をどうするつもりだ」
　大急ぎで昨夜について思い出す。仕事帰り、いつも立ち寄る居酒屋ではなく、細い路地にあるバーに一見で入店した。マホガニー材でつくられたカウンター、髭で初老のマスター、ライムのきいたギムレット、ベースが印象的なジャズのＢＧＭ。
　しばらくして、ニコニコした中年男性が入店してきた。
「あんたまさか、あの、、、」
　男は青年の言葉を無視し、一緒に押してきたカートの上に並べられた道具を吟味している。ナイフ、針、ペンチ、鉄の杭、トンカチ、ハンマーなどすべて綺麗に磨き上げられている。
「金ならいくらでもだす。頼むから物騒なものはしまって、解放してくれ」
　一向に返答はなく、荒い呼吸音を漏らしながら青年を直視する。窓からもれる陽に照らされ、不気味な豚のマスクの陰影が浮かぶ。
（ああ、殺される。散々好き勝手いたぶられて）
　男は、ハンマーと長さ２０センチの鉄の杭を手にとった。一瞬にして青年の全身を寒気が襲った。次に大粒の汗が額から流れる。呼吸が跳ねる。
「助けてくれ！」
　男は布切れを青年の口につっこみ、テープで口を塞いだ。再びハンマーと鉄の杭を持ち直す。
　一歩、一歩焦らすように近づく男、高鳴る鼓動、震える唇。男は左手の鉄の杭を青年の右ひざに押し当てる。鋭利な感触に青年の意識が集中する。
　男は右手のハンマーを振り上げた。
　その瞬間。奈良の大仏もひっくり返るような、激しい地震が発生した。
（あらあら、あら、あらあら、これは、、、）
　それはスローモーションに見えた。
　男は揺れに驚き転倒し、カートに掴まろうと手を伸ばす。道具を並べたトレーをひっくり返し、ナイフが飛ぶ。
　床に向かってストーンと落下、倒れた男の喉元に突き刺さる。みるみる血が床に広がり、男はこときれた。
　青年は笑っていた。くぐもった声が室内に響く。それとともに、激しい余震が発生し、天井から地鳴りのような音がする。揺れは激しさを増していく。
（嘘だろ）
　天井が崩落した。半地下の部屋は瓦礫の排水口と化す。
　青年の詰めものをされ籠った絶叫は、コンクリートや鉄筋に埋め立てられ、掻き消された。