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悲しみの考察

チバ氏の訃報から2ヶ月。
やっと少し、落ち着いてきた。といってもチバを思うとジワりと泣けてきて、歌を聴くと涙ぐんで堪らなくなる、ということが減ったというくらいで、そもそも日常生活には殆ど影響はない。

先に投稿した詩を書いていたとき、なぜこんなに泣けるんだろうと考えていた。

中二の時、ブルーハーツが解散して、その後ハイロウズが結成された時、「今が一番大事」な教えを守るべく、ヒロトとマーシーに会いたいと思った。明日もし自分が死んだら後悔することは?と考えて、ヒロトとマーシーに会えないで死ぬのは嫌だと思ったんだ。

だから勇気を出して、少ない友人の中にハイロウズ好きはいなかったから、ひとり分のチケットを買って、初めて一人でライブに行った。
ホールの真ん中より少し後ろの方で見たハイロウズは最高だった。正直天井の方が印象に残っている。
最も近くだったのは2列目だった時。マーシーのピックをゲットできた。Zeppはチキンで一回しか行ってない。前の方に突撃する勇気はなく、後の方の隙間の辺りで聴いた。

そうして満たされたのが先か、子育てに終われたのが先か、ライブはおろか、音楽自体から遠ざかっていった。
ミッシェルガンエレファントのライブ情報も飛び込んではきたが、いつかいくと思っていながら尻込みしていたら解散してしまった。

部屋に貼ったギヤブルーズの頃のポスター。めちゃめちゃかっこよかった。

そうしてアベが逝き、チバの不調も知らずにいた私は突然のチバの訃報に驚いた。
驚いたけど泣くほどじゃなかった。
そのときは。

アベの時も残念でショックだったけど、大事にとってあったミッシェルガンエレファントが表紙のロッキンオンジャパンを、他の誰か、もっとアベを好きな人に譲りたいと思った位だったから。

なのにチバの訃報を知ったときよりも、ジワジワと時間が蝕むように悲しみが広がっていき、チバが逝ったと思うと泣けてしょうがなかった。

いつか会えればいいなーって思ってた。
あの歌声に包まれて揺られたいなあって。

まさか。まさかさあ。
他の大御所振り切って翔んじゃうなんて思わないさ。今が大事をすぐに忘れる。

会いたくって会えなくって泣くのって、本当に若い時の恋に似てるんだな、とそう思った。

一方的な片思い。
恋しい。
乞いしい。
請い思う。

望んでいるのに叶わない。

下心の恋
真心の愛ってよくいうけど、

恋って足りない何かを望むもの
なのかなってぼんやりと思った。

だとしたら大分前からチバにずっと恋をしていたんだ。
チバが足りなくて、でもどうしようもなくて泣ける。

悲しいのは、恋しいんだな、って思った。
そう思うのが一番、今の悲しみを表現するのに腑に落ちた。

チバが恋しいな。。。
会いに行ってた人たちはきっともっと恋しいだろう。

I don’t wanna be your lover, beby

恋人になりたい訳じゃない。
ささくれ立った心をいつもヤスリで荒取ってくれるみたいに
荒ぶった時によく聴いている
そういう心の根っこの方に居すぎて

あー。恋しいな。

でもやっと、BIRTHDAYが聴ける気がする。

色んな人の記事を読むなかで、PUFFYに提供したナルトの映画主題歌?挿入歌?の「誰かが」を知った。

真っ黒で灰色で泥々としたぬかるみと
こけたら削れそうなむき出しのコンクリートのイメージだったミッシェルガンエレファントからは想像できないくらい優しい歌だった。
でも、なんか、らしい、歌だった。
優しさをそんな風に見せてくれるんだって。

でも、聴いたらまだ泣いちゃいそうだなって思う。けどそろそろ聴きたいな。

そろそろ暖かくなってくるし、聴き時な気もするなあ。聴きたいときに悲しみは邪魔なんだよなあ。きっとチバだってきっと嫌だろう。

泣いてんじゃねえ
聴けよ、って笑うだろう。

春出水。

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