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軽井沢に移り住んで 後編

夜中に目が覚めました。
「寒すぎる…」
僕はエアコンをオンにしました。
トイレに行きたいけど寒いので、そのまま我慢して寝ました。

翌朝、鼻紙で鼻をかみました。
「うわわッ」
鼻紙が真っ赤に染まったのであります。
僕は愛車のプリウスに乗ると、うんならかして耳鼻咽喉科に向かいました。
あっ…うんならかしてとは、急ぐ・急いでという方言ですw

診察後、先生が言いました。
「部屋が寒すぎるのでしょう。兎に角、部屋を暖かくして寝るように」
要は、部屋が寒すぎて鼻の粘膜が切れたという事です。
確かに昨日は寒くて目が覚めたのは事実。
でもアパートは新築だし、けっこう密閉されているけどな…。
それにまだ11月の下旬ですよ?

年が明けました。
「今年も宜しく」
独り言を言った僕はエアコンをオンにして、こたつに入っています。
重ね着をして温くなった熱燗を飲みます。
今年はどんな年にしようか。
まずはどの新人賞でもかまわないから受賞することです。
それ以外に道はありません。
この頃、僕は短編・中編小説も書いては応募をしていました。
最終選考に残ると応募先から電話がかかってきます。
僕に音沙汰が無いという事は、全て落選しているという事であります。
自分で選んだ道ですから後悔はしておりませんけどネ。
無職で迎える2度目の新年。
初詣にはいかないの?
いかない行かないイカナイ。
だって外は氷点下8℃ですよ?

僕は寝室に移動すると、エアコンをオンにしました。
ベッドに入ると、電気毛布をONにしておいたので温かいです。
毛布が1枚、掛け布団が3枚。
僕は5枚着て、かつ靴下も履いたまま寝ます。
軽井沢の夜は本当に寒いのです。
なして灯油ストーブ買ってねェの?
窓に防寒シート貼ったら寒さがちげェぞ?
湯たんぽは? あれは世紀の発明だぞ?
すみません。どれも採用しておりません。
いつも以上に外が静かだと思いながら、僕は灯りを消しました。

翌朝、新聞を取りに玄関に向かいました。
「とりあえず、新年の空気でも吸いましょう」
僕は玄関のドアを開けました。
「あれっ?」
僕の声が裏返りました。



外は銀世界に変わっていました。
雪はしんしんと降るって、誰かが言っていたのを僕は思い出しました。
確かに夜中は本当に静かでした。
「し、しまったあぁ」
僕は階段を駆け上がりました。
冷蔵庫をオープン。
中にはきゅうり1本とハムが1パックしか入っていません。
冷凍庫にはブロッコリーが半袋。
お米もインスタントラーメンもパスタもありません。
30日にスーパーマーケットへ行ったら、店内は大勢のお客さんでごった返していたのですョ。
なので買い物はお客さんが少ないであろう元旦に変更したのであります。それに僕はおせち料理が苦手なので食べませんしネ。


バルコニーに積もった雪。10センチはありそうです。銀世界は僕に試練を与えました。

僕は外に出ると、とりあえず雪かきを始めました。
初めての雪かき。
雪は柔らかくてふかふかしています。
玄関からプリウスの周囲、またアパートの駐車場から出られるように導線を確保して行きます。
30分後、プリウスが出られるくらいまで雪かきをしました。
大汗をかいたので、僕はお風呂に入りました。

再び玄関のドアを開けると、また雪が積もっていました。
「雪のバカヤロー」
僕は青春映画のような捨て台詞を吐くと、プリウスを発進させました。
ゆっくり、慎重にアパートの駐車場を出ました。
20m進んで右折しました。
ここからおよそ100m、ずっと坂道が続きます。
みなさん、僕のアパートは標高何mでしたか?
そう、1050mであります。
つまりスーパーマーケットまでプリウスで20分、標高だけでもおよそ150mは下らないとならないのです。

それにスタッドレスタイヤを装着しているとは言え、雪道を走行するのは初。
僕の手汗が止まりません。
なぜ天気予報を見なかったんだ?
僕はテレビを見ません。電源コードも抜いています。
なんで?
だって、僕は作家になるのだから。
テレビを見る暇があるのなら、僕は1ページでもいいから本を読みます。

何とか100mを下ることに成功。
左折しました。
1000m道路を走行して行きます。
ここは標高1000mなので、1000m道路と呼ばれております。
対向車が来ました。
僕は気持ちプリウスを左側に寄せて停車しました。
クラクションでお礼をもらいました。
「ぶううううぅ~~ん」
あれっ?
アクセルを踏んでも、プリウスが進みません。
そうです、スタックしてしまったのです。
僕はプリウスから降りました。
左側の後輪の周囲に、雪がありません。
つまり、後輪部分のところは普段からアスファルトが下がっている箇所なのです。
そこを気づかずに、僕は雪道のスペシャリストみたいな感じで対向車を優先させプリウスを左側に寄せ停車した結果、スタックしてしまったのです。

僕はロードサービスに電話をしました。
90分待ちだと言われました。
アパートに戻ってもいいけど、それでも歩いたら15分はかかります。
僕は雪がこんもり積もっている箇所を見つけました。
そこは普段、空き地になっているところです。
僕はそこにダイブしました。
雪が僕を抱きしめてくれました。

3月になりました。
軽井沢も雪解けを迎えます。
冬の軽井沢に、僕はけちょんけちょんにやられました。
でもやっとウォーキングコースが通れるようになったのは朗報です。


雪の浅間山とカラス。カラスがniceタイミングで飛んできてくれました。

その後も流れる日々に追い越されそうになりながらも、僕は原稿を書き続けました。
そして作家になろうと挑戦してから2年2ヶ月後。
僕は長編小説に応募した後、ハローワークに行きました。
そして軽井沢で再就職することになりました。
挑戦期間はあと8ヶ月残っていたのでまだ粘ってもいいし、貯蓄額も3桁は残っていたと思います。
ですが、ここで痛感したのであります。
身の丈を知ることも必要なんだと。
仮に今回の応募作品で新人賞を受賞してデビューしたとします。
きっとそこから原稿を書く日々に追われます。
すると僕がどれだけのアイディアと引き出しの数と作品をストックしているのかが焦点となります。
デビューしたら、インプットしている時間なんてほとんどありません。
一流の作家さんでさえも、寝る間を惜しんで読書を続けているのですから。
つまり新人賞を受賞したレベルの作品を最低限キープしながら、さらに成長して行かなくてはならないのです。
この時、僕のストックしていた作品はゼロです。
アイディアも引き出しの中も、全て空っぽでした。
2年2ヶ月間。
応募した作品は、長編・中編・短編あわせて12作品。
400字詰め原稿用紙、3500枚以上書きました。
それが全て、シュレッダー行きとなったのであります。

だったら一旦全てをリセットしよう。
もう一度社会に戻って、色々な人たちと接しながら、読書も続けながらインプットを重ね、アイディアと引き出しの中をまた一杯にしようと決めたのです。
作家になる事に、年齢は関係ありません。
アスリートのように、若くしてデビューしなくてもいいのです。
むしろ齢を重ねた方が、良い作品を書けるのではと僕は信じています。

10月になりました。
僕はスーツを着用すると、プリウスに乗りました。
今日が初出勤。
社会人として、2度目の入社日です。
これからお世話になる会社の社長とマネージャーは大の読書家。
面接時間1時間のうち、50分間は僕と3人で本の話題で持ち切り。
社長とマネージャーの両隣に座っていた部長2人は、ずっと仏頂面で聞いていたけどネ。
読書が好きだったから、僕は採用されたんだと思います。
会社に到着しました。
僕の前を女性が歩いています。
かなり細くて足も長くて、僕より身長が高いかも知れません。
「これは幸先がいいかも」
僕は朝日に背中を押されながら、入り口のドアを開けました。


【了】

https://note.com/kind_willet742/n/n279caad02bb7?sub_rt=share_pw










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