見出し画像

飯平誠の休日 後編

その後、飯平は健康ランドに行った。
大きな湯船に浸かった飯平は、サウナにも入った。
水風呂に飛び込むと、水風呂が溢れた。
「冷たッ。静かに入れよ!」
知らないおじさんに怒られた。
構うもんか。気の済むまで言えばいい。僕には効かないよ。
さっぱりした飯平は、体重計に乗った。
「106キロ。あと50キロか…」
飯平はパンパンに膨れ上がった腹を、ペシペシ叩いた。飯平の身長は156センチ。あと50キロ増やして、156キロ・156センチのダブルを狙っているのであった。

マッサージチェアに座りながら飯平はコーヒー牛乳を一気飲みすると、300円を投入した。
「天国だあ…」
そのまま飯平は寝落ちした。飯平のいびきが室内にこだまする。
「ここは養豚場か?」
そんな利用者の声も、飯平には届かない。
目が覚めるとマッサージが終わっていた。
よだれを手の甲で拭った飯平は、自動販売機で本日2本目のワンカップ酒を購入。一気飲みすると外に出た。

15時のチャイムと同時に、飯平のお腹が、ぐうぅとなった。
この時間帯はチェーン店しか営業していない。
仕方がないので飯平はチェーン店に入った。
券売機で食券を購入。セルフなので水をグラスに注ぐと、カウンター席に座った。
5分後、注文したメニューが到着した。


3食目:あんかけキノコそば900円+税


「あんかけとキノコのマッチング。そこに温かいおそば。もう最高だね」
飯平はふうふう言いながら喰らっていく。
そしてあっという間に平らげてしまった。
完食した飯平は、店内をざっと見渡して思った。
おしゃべりもいいけど、みんな喰らってる?


チェーン店を後にした飯平は、自宅のアパートに帰ると、布団を敷いて寝た。
飯平のアパートは最寄り駅から徒歩3分。徒歩15分圏内に飲食店が30店舗以上はある。飯平にとって、ここは聖地なのだ。


飯平は自分のいびきの音で目覚めた。
「もうこんな時間か」
飯平は独り言を発すると、トイレに直行した。
歯磨きは面倒なので、マウスウオッシュで口臭対策完了。
マスクとエコバッグを持って再び外出した飯平。


外はすでに宵闇に包まれている。
駅前を歩いていると警備員が立っていた。
「はあ………明日からまた仕事か」
そう、飯平も警備員の仕事をしている。
休日は基本的に週1日。たまに2日休める週もある。
後はゴールデンウイークで7日間、お盆で5日間、年末年始で14日間の休日がもらえる。
入社18年目。基本給22万円。賞与は年1回。年間休日89日。
36歳、独身の飯平にとって、厳しい数字である。だけど1Kのアパートが築42年の物件で、賃料が毎月42,000円なのが救いになっている。だから休日にこれだけ外食をしても、何とかやり繰りできているのだ。

「考えるのはやめよう」
飯平は大きく深呼吸をした。そして夜空を見た。
「僕だって…僕だって…一生懸命生きているんだ」
飯平の涙が地面に落ちた。
「お父さん、お母さんには悪いけど、僕はこの生活が気に入っているんだ」
飯平の視界が涙で溢れた。手の甲で涙を拭う。
両親と最後に連絡を取ったのは6年前。弟である徹の結婚式での披露宴会場だ。
飯平が料理を堪能していると、酒に酔った両親が絡んできた。そしてお父さんが飯平に言ったのだ。
「飯が好きなのは構わない。だが、彼女も作らず飯ばかり喰らい続けているお前は、飯平家のぬかみそだ。ぬか床に潜って2度と出てくるな!」
言われた飯平は、頭の中が真っ白になった。
飯平はお母さんを見た。
するとお母さんが言った。
「ぬか漬けが余ったら、肥溜めに入れましょうよ。ねェ、お父さん」
お母さんがニヒルな笑顔を浮かべた。お父さんが笑い出した。2人は椅子から立ち上がると、両手を叩きながらさらに笑い出したのだ。
152センチの父親と141センチの母親。小さな夫婦が身長以上の大声で、長男の飯平を蔑んで笑っている。
飯平は大粒の涙を流しながら、無言のまま披露宴会場を後にした。
以来、6年以上も音信不通。弟の徹は海外で転々と仕事をしているので、徹にも5年近く会っていない。
飯平は深呼吸をした。
「気を取り直して行こう」
自分に発破をかけた飯平は、ずんずん歩いて行った。

そしてまた暖簾をくぐった飯平。
カウンター席に座った飯平は元気よく、「カツカレー」と叫んだ。テーブルに置いてある黒色の呼び出しボタンが置いてなかったから、仕方なく叫んだのだ。
店内は家族連れが多く、ほぼ満席になっていた。
「暑い」
飯平はパーカーを脱ごうとしてやめた。
脱げば天国で半袖のTシャツ姿になれるけど、2月とは言え店内でTシャツ姿でカツカレーを喰らうわけにはいくまい。
絶対に白い目で見られるに決まっている。
やって来た女性店員が何も言わず、メニューも告げずにカツカレーを飯平の前に置いた。


4食目:カツカレー(サラダつき)1200円+税


本来なら注文したメニューを告げる事で、オーダー間違いの最終確認をする大事な場面なのにも関わらず、女性店員は無言を保っている。そしてそのまま厨房へ戻って行ったのである。
飯平はトレイに落ちた福神漬けを、右手で掴んで皿の上に戻した。
「あの人はきっと不幸なんだね。でも僕は幸せ。いただきます!」
飯平はカツカレーを喰らった。飯平にとって、カレーライスはホットドリンクだ。
3分で平らげた飯平。それでも大汗をかいてしまった。
店内を後にした飯平は、ゆっくりと涼みながらスーパーマーケットに向かった。


19時:スーパーマーケットから帰宅後、リビングのソファーでまた仮眠を する。
20時:起床後、トイレに直行。洗濯機を回してから風呂に入る。
ちなみに飯平は365日のうち湯船に浸かるのは数日。基本はシャワーを浴びるだけ。
20時30分:ソファーに座って、ぼーっとする。口を半開きにしてぼーっとする。
21時30分:冷蔵庫から食材を取り出し、夕食の調理開始
22時:夕食完成。

今夜の夕食が完成した。


5食目:きりたんぽ鍋(鶏肉、ごぼう、ほうれん草、ニンジン、しらたき、葱等)


飯平は冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、グイッと飲んだ。
「やっぱ冬はきりたんぽだよね? いただきます」
飯平は寸胴で拵えたおよそ6人前のきりたんぽを喰らい出した。
暑くなった飯平はTシャツを脱いで裸になった。

わずか20分で、きりたんぽ鍋を完食した飯平。
その勢いのまま、うどん3玉を投入した。
「もちろん、君の事は忘れていないよ」
飯平は冷蔵庫に常備してある鶏卵を4個取り出すと、鍋の中に投入した。
「それでは頂こう」
ズルズルズルズル…うどんが飯平の口の中に吸い込まれていく。どんどん吸い込まれていく。

15分後、飯平はスープまで平らげ完食した。恐るべき胃袋である。もしかしたら飯平は過食症なのかも知れない。だけど当の本人にそんな自覚はない。
「今日も1日楽しかった。ごちそうさまでした。そしておやすみなさい」
滝のような汗をバスタオルで拭き、再びTシャツを着た飯平は、寝た。
風呂に入らずそのまま寝た。


本日の飯平の出費は以下の通り。
・外食4店舗:5,390円。
・ワンカップ酒2本:880円
・エクレア3個:450円
・健康ランド:2,000円
・きりたんぽ鍋の食材:1,800円
・うどん3玉:350円
・天かす山盛り:100円
・缶ビール500ml(6本パック):1,360円
・合計:12,330円

飯平は今日1日でおよそ8,800カロリーを摂取した。

翌朝、飯平は起き上がるとスマートフォンを手に取った。
「もしもし…警備課の飯平です。すんません、風痛が爆発したので休みます」
飯平はサラッと言った。まるで休むことが当然の事のように。
「飯平さんが休んだら、現場に穴があきますよ」
総務課の小飯さんから怒られた。それはそうだ。子供じゃないんだし。
今日の現場は室内だ。空調も効いていて現場としては当たり。おまけにここの社員食堂の唐揚げ定食がピカ一。だけど両足の指の付け根が痛くて、飯平は歩くのも困難なのだ。
「こ、こめしさん。僕の代わりに現場をお願いします」
飯平は心の底からお願いをした。
「じゃあ…うーんと、オムライスと牛筋カレーでどう?」
小飯が提案してきた。ちゃっかりしている。
小飯は現場から総務課に配置転換した、元警備員なのである。
「わかりました。では明日のデナーは、例の店集合ってことで」
「承知いたしました!」
小飯さんの甲高い声が、飯平の鼓膜に響いた。
飯平はスマートフォンをテーブルに置くと、また布団を被った。


その日の午後、飯平は緊急入院となった。


2週間後、無事に退院した飯平は、体重が30キロも落ちていた。
翌日、飯平は小飯さんをデナーを奢った。
デナー後、飯平は小飯さんに告った。
すると、何とまさかの一発OK。
飯平は人生で初めて彼女ができたのである。

その後も飯平は76キロをキープしたまま、半年後に小飯さんとゴールイン。実家に赴き、両親とも和睦した。第一子を授かった事を告げると、両親が万歳三唱をしてくれた。飯平は嬉しくてずっと嗚咽を漏らしていた。弟の徹には電話で報告を済ませた。

翌年、飯平は警備課の係長に昇進。
ビルと日本の安全を守っている。

飯平の本当の人生は、まだ始まったばかりだ。


【了】


この記事が参加している募集

休日のすごし方

休日フォトアルバム

よろしければサポートをお願い致します! 頂戴したサポートはクリエイターとしての創作費・活動費に使用させて頂きます。