グリーンブックを観てきたよ
グリーンブックを観てきた。
オスカー3冠。
「作品賞」「助演男優賞」「脚本賞」。
「作品賞」にしては、もうちょっと、弾けてもいいんじゃないかなあ。
ハッピーエンドは好きだけれど、ちょっとお行儀良すぎるというか、予定調和臭を感じるかな・・・なんてことも、ちらっと思ったのだけれど。
助演男優賞をとったマハーシャラ・アリ が素晴らしかった。
本当に、本当に、素晴らしかった。
あの佇まい、イントネーション、着こなし。
そして視線。
指先にまで神経は行き届き、目が離せなかった。
わたくし御贔屓のヴィゴ・モーテンセンは、役作りのためか、
体型変わってて、びっくり。
ピザを2つ折りにして食べるシーンには度肝を抜かれた。
映画の中で、
「暴力では何も生まれない。人は決して暴力では勝てない。」
「品位を保ったときだけ勝利することができる」ってシーンがあった。
品位?
品位って、何なのさ。
お上品ぶったところで・・等と、噛みつく輩もあらわれそうだけれど。
そうよね。
世を渡る時、殊更に上品ぶる必要なんてこれっぽっちもない。
わたくしだって、そんな風にふるまう気持ちはない。・・・ってか出来はしない。
でも、わたくしの中にあるひとつの基準に、そのシーンが引っかかった。
わたくしは、「憐れまれ」たくないと思う。
それは、どうしようもない状況や、苦しい胸の内を吐露することがNOだって意味では、
決してない。
そっちでは、ない。
人は複雑で、判りにくいものだ。
だからこそ、状況や人間を簡単に
『己の基準』で断罪し、追い込み、恥じない人間を、私は「憐れむ」。
人を理解するには、時間も手間もかかる。
嫌と言う程。
自分の経験や意識にあまりに重きを置くと
その時間や手間をかけることが、面倒くさく思えたり、
あるいは初手から考えも及ばなかったりする。
そういう人間は、そういう場所で、自分が他人を断罪している姿に、
その勢いに満足し、幸せそうに見える。
それこそが、
「かわいそうに。」なのだ。
そのことこそが、
「かわいそうに」なのだ。
わたくしは「憐れまれ」たくない。
恐れる。
この映画は「憐れまれている」人間が、人間を知っていく物語だ。
「品位を保つ」
それは、自分がどこかで憐れまれていないか、そのことを考えること。
品位を保つ=プライドなのだと、そう思う。
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