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10,A型やめようか

10、A型やめようか。

2012年から始めたキングコングの障がい者雇用プロジェクトをこれまで綺麗なストーリーで綴ってきたが、今振り返ってみるとリアルは実に泥臭く、そして衝突の連続であった。今回はその衝突についてできるだけ包み隠さず書いてみたい。別にうまくいかなかった愚痴をこぼしたい訳ではない。これから披露するエピソードは全てが今のキングコングに必要なプロセスであったと考えている。異文化の混ざる地点で起きる摩擦や歪みはあって当然で、これをどう解消していくかという事に私は関心があった。効率や費用対効果という概念だけに囚われず、豊かな働き方とは何かを追い求めてきたキングコングであるが、店が続かなければ意味がない。そのバランスをどう取るか、いつもグラグラしながら耐えてきた。慣れてきたらこれもまた面白い。

様々な衝突があるが、ほとんどは社長と私のエピソードだ。

まずは社長について書いておこう。株式会社NSPの代表取締役である砂川恵治は現在38才、飲食業は父恵永(現会長)の代から始めたので2代目である。飲食業と共に、コミュニケーションホテルも経営しており、社長家族はホテルの最上階に住んでいた。小さい頃にホテルのコンドームを友達に配って学校で問題になり父親に厳しく怒られたが、その後父から言われた「恵治は人を喜ばす事が好きなんだな。お前は飲食業に向いているよ。」という一言で将来を決めたという。

そんなお茶目な砂川社長であるが、思い切りが良く、先見の明がある。経営的判断は早く、迷いは少ない。これからの飲食業は客も従業員も大切にしないといけないと、障がい者雇用の取り組みを始め、その為に人件費をつけて毎週ミーティングを行う等、業界の既成概念に囚われない取り組みを行うような人だ。福祉事業で漁業をやろうと言い出し、すぐに漁船を購入してきて、漁業権を持って本当に始めてしまい、マグロやカツオを獲りに行くという本邦初の福祉事業を展開した人でもある。
 
そんな社長が私の入社初日に社員向けにミーティングを持ち、こう言った。

我が社はこれから新しい取り組みを始める。障がい者をはじめとして仕事に就きにくい人達と共に働く。これはいわば水と油みたいなものだが、そこを協力しながら頑張っていこう。

水と油をどう頑張って混ぜるのか私には伝わらなかったので「なんだそりゃ」と心で思い、ニヤニヤして聞いていた事を覚えている。しかしこの表現はものすごく的を射た表現だったと、今では思う。

その時社長の言った、水と油は、「利益を出す事と、人を大切にする事」の例えだ。「店舗を一つとして見る視点と、人を個として見る視点」とも言い換えられる。さらに具体的に言えば、効率的に一人が多くの業務をこなしタフに働き人件費を抑える事と、一人に負担をかけるのを避け、なるべく多くの人で分担するようにするという事だ。相反している。まさに水と油、決して混ざる事はない視点や価値の違いだ。これを両立するとはどういう事か。

私は、綺麗に混ざり合うという理想は捨てている。しかし、ドレッシングのように使う度に振って、一瞬でも混ざったような状態を作る。放置すると分離してしまうので、使う度に振る。何回も振る。こうして分離しないように、ことあるごとに振り続ける事が重要なのではないかと考えるようになった。キングコングにおける振るタイミングは、問題が起きた時だ。不器用だけど(B)一生懸命(I)な人達なのでよくトラブルが起こる。その度に話し合う事が、この振る作業にあたると考えている。なので、この振る作業をやめてしまったり、はぶいてしまったり、面倒くさがっていては、美味しいドレッシングにはならないわけだ。キングコングで起こるトラブルは美味しさのもと。

水と油は、飲食業と福祉事業、それぞれの文化や価値観の違いでもあった。福祉の世界から来た私は雇用契約書に固定残業費なんて項目は見たこともなかったし、有給休暇なんて言えば、飲食にそんな概念はないと言い返されるところからのスタートだった。女性職員が産休をとりたいと希望した際にも、初めての事だったので社長と何回も話し合いが必要であった。少しずつであるが、休憩や有休もとれるようになってきたが、福利厚生まで充実させることはできていないので、まだまだ会社としての課題は山積みだ。

こういった飲食業と医療福祉の背景の違いから生じる摩擦も多々あったが、一番大きな衝突は2016年に起こった。

当時、キングコングは障害福祉事業である就労継続支援A型事業という制度を使って障がい者を福祉的に雇用していた。労働基準に適応する雇用契約を結んでいるが、福祉サービスの利用者として福祉契約もしている状況だ。そうすると福祉の支援員もつく。

低迷する焼肉客の減少に歯止めをかける事は難しく、福祉事業でも売り上げを上げていこうと経営会議では話されていた。A型事業所は1日1人の利用者(従業員でもある)が来て6000円程の給付費収入があるので、多くの利用者を受け入れれば給付費収入は多くなる。どうしたら多くの利用者を受け入れる事ができるかを考え、作業が細分化されていった。肉を解凍して準備する係、切る係、盛り付ける係・・・。そして、利用者が毎日きちんと出勤できるようにするには一人当たりの負担を減らせば良いのだと、更に作業は細分化し単純になっていった。当時の飲食業における利益率は5~6%。かたや福祉事業のA型は20%。ますます経営陣である社長と私は福祉事業から収入を得ようと考えるようになっていった。

しかし、ある日顧客と来店していた社長がキングコングの店舗で食事をし、帰り際に「商品が美味しくない、これはもはや飲食ではない」と言った。あまり店舗に来ない社長の発言にカチンときた。日頃の地道な努力を障がいがある従業員と共に工夫しながら切り盛りしているのに、なんてことを言うんだ。

次の会議では当然この事が議題となった。私は、社長に何がしたいのかと問いただした。社長はいろんな背景を持つ方を雇用し、飲食業として成長していきたい、と答えた。そして社長も私に、いったい仲地は何がしたいのかと聞いてきた。私は、人が犠牲にならない飲食をしたいというような事を答えたように思う。その日は二人とも感情的になっており、建設的な話にはならず、互いの立場から見えるネガティブな事についての指摘に終始してしまった。

翌週の会議の時には、少し冷静になっていた。いろんな背景を持つ人が共に働き飲食業として成長する事と飲食業で人が犠牲にならない事は同じなのではないか。決して目指している方向は違わないんだという事を確認し合った。何をしたかったのか、制度とは何かを考えるうちに、どちらからともなく口をついて出てきたのは「A型やめようか」だった。同じところに着地した。

二人の答えが出てからキングコングの現状を改めて見直してみると、恐ろしい風景が広がっていた。

A型の利用者(従業員)を増やすためにキッチンがぎゅうぎゅうになり、一人一人が細分化された仕事のみをこなしている為に力がつかず、自分の仕事がこの職場が提供するサービスのどの部分かもわからない。客に求められているメニューではなく従業員がやりやすい食材や方法で食品を提供しているので食べ残しも多く、そして原価費が異常に高くなっていた。焼肉を食べに来るお客を見ていないこのスタンスが更なる客数減に追い打ちをかけた。さらに一番利益の低い平日のランチタイムに従業員が集中しており、人件費の圧迫、ディナータイムや週末の人員不足等々、良い事が一つもない状態だった。

それから、A型をやめて希望者全員を一般雇用すると皆に伝えた。不思議に思うほど従業員からの不安や不満の声はなかった。

こうしてキングコングは脱福祉化を達成したわけだ。年間2千万円近くあった給付費収入がなくなるわけなので、会社にとってはそれはそれは辛い選択であるのだが、シンプルになった事で変な葛藤がなくなり、働きやすくなった。もうお客は焼肉を食べに来る人達だけなのだから。

この時から、個人にも企業にも福祉の出口を作る事が大切であると考えるようになった。キングコングは出口を作った、素晴らしい事をしたとしばらく己惚れていたが、そのうちある疑問が頭をよぎるようになった。A型をやめて全員一般雇用になり、適正人数での営業になった分、仕事量は全員増えたはずなのである。一人でできないといけない仕事の種類も量も多くなっている。それに伴って時給が上がる人もいるし、勤務時間が伸びる人もいる。子供ができたとフルタイムを希望し正社員になった従業員もいる。このように待遇が劇的に良くなった者もいたが、ほとんどは大して待遇面は変わらなかった。つまり、A型ではなくなってから、業務量と責任がただ多くなったという者も多かったのだ。

はたして脱福祉の選択は彼らにとってどんな意味があったのか。

それが知りたくて全員にヒアリングを行った。その結果は予想していないものだった。A型を利用していた時と今で働き方や考え方、仕事に対する思いは変わったかと聞いたら、ほとんど全ての従業員が「変わらない」と答えたのだ。A型の頃からキングコングの一員として働いている事に変わりなく、仕事は仕事としてやっていると言うのだ。

なんだ、そうだったのか。福祉の文化に染まっていたのは私だったのか。なんか脱福祉とかそれっぽい事を言って満足している自分が情けなくなった。そんな私もBIだなと思った2016年の話。

#キングコング #KINGKONG #障害者雇用 #沖縄 #就労継続支援A型

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