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【脱がせてもらっている時間は時間に含まれていないと思っていたでござる ⑥肉うどんのはなし】

「お!おすおす」
「もう最悪でござる!これでいいでござるか!」
顔を真っ赤に染め、甲冑を分けて持った男が息を上げながら俺に話しかけてきた。
「じゅーぶん時間稼げたで。これであの子の予約が少しずつ遅れて、事故に遭わずに生きていけて、ちゃんと後世まで命がつづくんやから。」
「周りの人にも変な目で見られて、こんなの、こんなの地獄でござる」
「これで子供助かるんやからええやろ?やすいもんやで」
「お前はやってないから言えるのでござる!」
大きい声を出しているからか、甲冑を脱いでいるからか、通りゆく人々がこちらを見ている。

素早く近づいてきた細身の眼鏡の男性が、スマホで写真を撮ったのもわかった。
「そろそろ戻るか。元の世界に。」
俺はというと人助けをしたんだと満足気な顔をしていたと思う。
「あんまり目立つと良くないねん。みんなは俺の事は見えてないやろうけどさ」
「早く帰るでござる!」
俺がスマホで彼の居た時代に日付を合わせ、指をパチンと鳴らすと一瞬で移動した。

移動したのだが、そこは地獄だった。

「あれ、間違ったかな」
「ここはどこでござるか?」
「ここ地獄やねんけど、あれ、故障か?」
ごつごつとした拳くらいの岩がそこら中に転がっている。赤く曇天の空が広がり、そこら中から悲鳴が聞こえる。

「シニガミ。何をしたのですか」
後ろからすっと心臓をさすような声がした。瞬時に鳥肌が立ち、冷や汗をかいたのがわかり震えた手で額を拭う。
「あっ、いや、閻魔様、これは…」
「え、閻魔様…?こいつが」
サムライも目を見開いたまま、ただただ口を開けていた。
閻魔様は藍色のスーツに身を包み、淡々と話を続けた。
「…いやあかんて!こいつなんて言ったら!」
「全部見ていましたよ」
「いやでも!子供が死ぬの見てらんなくて」
「理由は分かります、あなたの行ないが正しいか、正しくないかは私には判別出来ません。…こちらの方が、サムライ。」
「な、なんでござるか」
「あなたはある人を愛していますね。もちろん友人も大切に思っている。」
「もちろんでござる。」
「だから、愛している人を救うために時間を使い、恥も捨てて戦ったのですね。」
「戦った…聞こえはいいでござるが時間稼ぎでござる…」

「人を愛してしまったことは悪いことではありません。しかしあなた方が行なったことで4141人が必要のなかった理由で亡くなってしまい、その人を愛していた倍以上の人間が悲しみに暮れてしまう結果となりました。」
「…」

未来を変える出来事の、その代償を理解していなかった。目の前の人間を助けるのはとても簡単だ。しかし本来なら起きなかったその小さな1mmのズレの出来事によって、未来は大きく変わってしまう。
もちろん知らなかったわけではない。ただ、こんなケースが初めてだったから、なにか行動を起こしたかった。なんでもいい、なにか変えたかった。人を救いたかった。

「さすがの私でも、過去を変える事はできません。今あなたたちがしてしまったことも。時間は過ぎ去っていくものです。事実だけを見てしまうと、あなた方が行なった事は殺人と同じなのです。未来を知っていて、本来なら存在しない時間に存在を作り、その時間軸の人間と関わってしまった。私は殺人を犯したあなた達に罰を与えなくてはなりません。」
「罰…」
サムライが息を吸い込むのが見えた。
「…受けるでござる。愛している人を奪うことは、許されないのでござる。」
ああこの人は強い人だ、そう感じた。その横顔は今でも忘れない。

「シニガミ、あなたは修行のために人の願いを聞き続けなさい。4141人の願いを叶えたあと、シニガミに戻り仕事を全うしなさい。」
「…はい。」
「サムライ。あなたはまた別の世界で生き、天珠を全うしなさい。」
「…はい。」
閻魔様がスマホを取り出し、転生ルーレットを始めた。
画面に映った文字を、そのままサムライへと伝えるのだった。
「お前は、肉うどん」
「肉うどぉぉぉん!?」




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