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【脱がせてもらっている時間は時間に含まれていないと思っていたでござる ①サムライのはなし】

なんとなくわかる。経験というものでもなく、勘に近いような。相手の動きも良く見える。すかさず半歩踏み出し、向きを変える。ここで一振り。ほぼほぼ水平に円を描くように剣を振りきる。
空を切る音がヒュッと鳴り、相手の腹部を綺麗に裂いた。「うっ」相手が茂みに倒れる。その瞬間間合いを詰めて心臓をひと突き。「うあぁ」相手が胸をおさえながらこちらを見上げる。そんな目をしないでくれ。私だって好きでひとを刺しているわけではない。
目に生気がなくなる。もう何人見ただろう。眠る時にも思い出すその目。人を殺めることが出来るようになってから何年が経っただろう。生きていくには地獄のような毎日が過ぎていく。
刀を鞘にしまった後で、相手の目を指で閉じた。手を合わせる。こんなことなんにもならない。でも、この時代に生きてしまったことを、この時代に人を愛してしまったことを許してほしい。
空を見上げると半月には雲がかかっていて、あたりを闇に染めていく。返り血で汚れた甲冑の色を直視しなくて済むのは救いなのかもしれない。
先ほどまであれだけ騒がしかったこの藪の中も、私1人立ちすくみ、虫の声を残して静けさに飲まれていた。
仲間、敵、敵、仲間、仲間、敵、敵、敵、、
いや人間。人間。人間。
侍所へ戻る道にはたくさんの死体があった。
どうして、人が人を殺めてしまうのだろう。
そして私は疑問を持ったまま、「仕方ないか」で人を殺めているのだろう。
生きていくには、仕事がいる。金がいる。飯がいる。
彼女と生きていくためには、人を殺めなくてはならない。
戦わなくてはならない。
自分の行いには吐き気がしているが、他に道はない。
今すぐにでも自害をして他の道を切り開きたい。

沼に入ったような、重い足取りで本拠地へ着いた。
「おーこれはこれは’サムライ’」
門番の奴が覇気のない微笑みのまま、明るく声を掛けてくる。
私はそいつとは目も合わせずに、門をくぐりながらいう。「どのくらい帰ってきたでござるか?」
「あんた合わせてざっと二十ってとこかな。まったく嫌になるよ。あんなに大軍だったのにな」
「…」
「でもやっぱあんたの噂は三陣まで響いてるって言われたよ!一人でやっつけるから。私の自慢さ」
「好きでやっ」
「サムライ」
「はい」
突然闇から現れた将軍に話し掛けられる。門番と共に直ぐに頭をたれる。護衛を五人もつけて、さぞお偉いようだ。
「おぬしの快進撃は私に、敵陣にも轟いておる。どうだ、一陣に参らないか」
「はあ、何度もお断りしているように」
「いい加減受け入れたらどうだ。その腕っぷしが欲しいと言っている。金も名誉も女も手に入れ七代死ぬまで困らんぞ」
「…私が欲しいのはそのようなものではありません」
「そのようなとは!なんだ!」
護衛が声を荒げ刀に手をかける。
すっと将軍の手が伸び、護衛をなだめる様にひらひらさせる。
「良い、よい。いずれおぬしは先陣で戦う事となるだろう。」
「…」
「そう遠くはない」
そんな台詞を残し、ぞろぞろと将軍たちが本拠地の奥へと消えていく。
何秒か経ったところで、門番が口を開く。
「何をそんなに頑なに」
「理由なんて大きくないでござる」
「どうせ’ハナ’だろ」
「やっ…!」
サムライの顔が耳まで赤く染まる。
そうだ、誰がどう見てもわかるくらい、私は侍女のハナに想いを寄せている。
侍女とは普通は将軍に仕えたりするものだが、私は才能の功績から将軍くらいの生活を手に入れていた。
ハナはとても気さくで、かつ母のような胆の座り具合、そして何よりもこんな私を心配してくれている。
もちろんただの侍女だ。彼女の心配は侍なら誰にでも向けられているもので、特別な想いだとは感じない。
「いいからもう行くでござる!」
早い足取りで、本拠地の奥へと進んだ。
目が泳ぎ、焦った声をだしてしまっていたことに気が付いていたが仕方がない。
「そんなに早く会いたいのか」
背中では門番がケラケラと笑っていた。
でも、戦っている時、常に思い出すのだ。彼女の少し低い声や、変なところにあるほくろ、美しい手、常に笑ってくれる彼女を。
今迄、特に何にも執着はなく生きていた。行ないは全てだいだい極められたし、ある程度の金もある。ただ人を好きになるような、そんな気持ちになった事はなかった。
更に足取りが早くなる。
今日もハナに会える。私にはそれだけで良かった。

浴場前では、既に帰ってきていた三軍の兵たちが風呂を済ませ夜風に当たっていた。
障子から見える影とその声でハナがいる事がわかる。
なによりわいわいとした雰囲気の中には必ずハナがいるのだ。
ばっと障子が勢いよく開き、声がする。
「終わったら帰ってください!次の人がいるの!」
「わかっておる」
どこかの侍が適当な返事をする。
「早く!!」
縁側で休んでいた侍たちが面倒くさそうにわらわらと散らばる。
「お!サムライではないか!」
「活躍は聞いておる!」
「わが軍にいる事が誇りだ!がはは!」
すぐに他の兵に掴まり、色々な事を言われた。
「ありがとう。まだまだでござるが」
「そんな謙遜!いらん!」
一人の兵から大きく背中をたたかれる。
「ヴッ」
「もっと堂々とせぇ!」
とりあえず口を押さえながら片手でこぶしを握るポーズを取った。
「あ!おかえりなさい!」
ハナが草履を履き、私へ近寄った。
「…ご無事でなによりです。サムライさま。」
祈る様に胸の前で両手を組んだ彼女と目が合う。黒々とした目で見つめられるとやっぱり視線を外してしまう。
「今日も疲れたでござる…」
なんだか早口になってしまう。
「こちらへ、どうぞ早く薬湯へ浸かって下さい。」
脱衣所へ上がり、檜の椅子へ腰かける。
一人では甲冑の着脱が出来ない為、こうして侍女に手伝ってもらう。
彼女は普段通り手際よく甲冑を外していく。
「すごい返り血…大変な戦いだったのですね」
「まあ、まあそんなところでござる」
するすると甲冑が脱げていき、彼女の、その手の美しさに見とれていたところだった。
「強い人とは、魂が強いことを言うんですね。力ではなく」
「私のように剣が強い人はそうではないということでござるか」
「そんなに悲観的にとらえないで」
「す、すまない…」
「私が申し上げたのは、あなたは魂の強い人なんじゃないかって」
「魂…?」
「そう。…この世はおかしいです。人が人を殺めて何かを手に入れるなんて。剣の腕を鍛えても、善い事には使えません。でもあなたは何かの為に戦っています。生きる、ために戦っています」
「…」
「…なにがあなたを鍛えさせるのでしょうか」
ハナは最後の甲冑を外すと、脱衣所の棚に置いた。
「それは、守りたい人がいるから」
その瞬間、ハナの目が静かに揺れたような気がした。
怖くなってすぐに口の形を変えた。
「なんて冗談でござる。私には剣しか才能がないからでござる」
「そんなことないです。はい、早くお風呂場へ!」
ハナは目を合わせずに、浴場の扉を開けた。

風呂が終わり、自室へ戻る途中に門番が部屋にいるのが見えた。
今日も必死に机に向かい、筆を進めていた。
彼は門番の仕事を交代するといつもなにか必死に筆を進めている。ときに独り言を唱えたり、紙をくしゃくしゃに丸めたりしながら。
酒が入った日には「この世を変えるのは戦いではなく芸術だ」なんて呂律が回らずに叫んだり。
何を書いているかはわからないが、彼はものを書くのが好きなのだろう。きっと本当にこの世を変えたいとかではなく、好きなのだろう。
たまに理解しがたい感性もあるが、自分にはない執着なようなものに羨ましさもあり、なぜか惹かれていて仲が良かった。
空には赤い半月が浮かんでいて、少し不気味な感じだった。
湯冷めしないうちに、つっかけで石段を超え自室へ向かった。




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