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【魔物 ③続命のはなし】

「今月も厳しいなー」
電卓を叩きながらお母さんがそう呟いた。
「まあなんとかなるか!」
隣に寝ていた猫を撫でながら、聞きなれたお母さんの口癖。なんとかなる。実際、いままでの人生生きてきてなんとかなってる。

なぜか分からないけど、私は人よりお腹が空く。それもすごいスピードで。
米は1食3合くらいは食べるし、肉も魚もキロ単位じゃないと足りない。学校での給食が少なすぎて、いつも隠れておにぎりやらパンやら食べている。
食べる事を恥だと思った事がないのは、両親のおかげだと思う。
「良く食べる子は良く育つ」なんてなんの根拠もない言葉をかけてくれたりする。こんなに量を食べることだって、1度も責められたことは無い。
ただ、そのせいで家計が苦しくなってるのは知ってる。お母さんもフルタイムで働いているし、お父さんだって私が生まれることを知って、大学野球をせず働いてくれたんだ。

「お母さんお腹空いたぁ、なんか作ろうよ」
「そうだねぇなににしよう」
お母さんと料理をするのが好き。お母さんと趣味が合うから。
キッチンに立って、好きなお笑い番組を見る。今私がはまってる若手を教えて、お母さんは好きだった黄金世代のライブなんかを見せてくれる。

そんな芸人はおじさんばっかって思っちゃうけど、でもこのおじさんたちに憧れて今の若手が頑張ってると思うと感慨深くなっちゃったりして。
「最近見てるの、この人たち。ロングコートダディ。すごいのよ、コンビバランスもいいし。いつか賞レースの常連になったりして」
「うっそーこれが?なんかほくろの数多くない?マリは男の趣味悪いし」
「どこみてんの、趣味良いからほんと」
女同士の大切な趣味の時間。趣味は生きる潤いを与えてくれる。大げさに聞こえるかもだけど、お笑いは私にとっての血液。酸素。食べ物。

「マリも芸人になったりする?男の子だったらなあ、絶対NSC入れてたけど」
「私も男だったら多分行ってたよ、でもお笑いファンの女じゃあ、ねえ?」
「まあ芸人と関わりもてる職種だと最高よね」
「いいねえ、夢がある」
将来の事は何にも考えてないけど、確実に食費がかかることだけは分かってる。
「高校卒業したら出てくけど。憧れの街に住む」
「さみしくなるけど、どんどん旅しなさい、経験は無駄にならないから」
「ありがと」
「あっ大食いタレントもありかもね」
「それいいなぁタダで食べられるのかぁ」
「でもタレントも売れるのは一握りか」
「まあそうだよね」

そう遠くない未来の話。で未来に希望を持てているってことがまた嬉しくて、画面の二人のコントを見ながらにやけてしまう。
「一番大切なのは、自分が好きな人と一緒に生活出来る事だね」
「うえ、また出た、もういいよお父さんの話」
「お父さんはね、いつも私を守ってくれてねえ、エースだしねぇ、それはもうかっこよかったの」
「はいはい」
私にもいつかそんな人が出来るだろうか。今はもう芸人にしか目がないけど。
「ニャウ」
「あんたの事も好きよ」
猫がダイニングテーブルに乗り、会話に入ってくる。もし大人になったら、こんな時間を持てるような家族になりたいな。

未来の事はなんにもわかんないけど、いままでなんとかなったように、きっとなんとかなっていくんじゃないかななんて甘々な考えでいる。たくさん、色んなことをやろう。いっぱいエピソードを作って、面白い人間になろう。
いつかどっかから現れる私だけの王子様が堂前さんに似てると良いな。今はまだそんな夢を本気で信じてる。




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