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【脱がせてもらっている時間は時間に含まれていないと思っていたでござる ⑤痛客のはなし】

廊下を小走りで進み、バックヤードへ入る。
とりあえず名刺を書こう。可愛いペンが並ぶテーブルで、今日のメッセージを書き始める。
今日は来てくれてありがと。脱がしにくかったけどカッチュウかっこよかったよ。ぜひまた遊ぼうね。
とても無難なメッセージ。てか甲冑って漢字絶対かけないわ。

「ウサギさん、お疲れ様です」
「お疲れ様でーす」
従業員が話しかけてくる。
「なんか、3番のお客様どうでしょう。プレイはしてませんでしたが、」
「危なくはないんですけど変な人で。延長行けるかききました?」
「それがウサギさんこのあと予約あるので」
「あっそうなんですね」
「ちょっと危なそうな気もするんで、名刺は俺が渡してきますね」
「あっはい」
従業員からしても危ない人なんだ。なんで入れちゃったわけ。
まあ、ちょっと最後怖かったし、もう会わない方が楽か。出勤時間はネットでばれてるし、待ち伏せとかされても怖いし。
そしてコワモテだしたぶんやーさんの従業員へ引き継いだ。
私の仕事はここで終わり。よし、おしぼりあっためたりとか、次の予約の準備しよ。

音楽に混ざり遠くの方で声がする。
「脱がせてもらっている時間は時間に含まれていないと思っていたでござる!」
「申し訳ありませんが!お引き取りねがいます!」

絶対甲冑男だ。
バックヤードからちらりと覗くと、肌着で兜姿の、甲冑を持ったまま物理的に追い出されている甲冑男がいた。
「コントじゃん」
誰にも聴こえないからそう呟いた。

甲冑男は従業員と背丈が同じくらいで、殴り合いとはならないものの割と互角に追い出されるのを阻止しようとしていた。
エレベーターへぎゅうぎゅう押し込まれているのが見える。
応援を呼んだのか、従業員がもう1人出てきて2人がかりでエレベーターに詰めていた。
「脱がせてもらっている時間は時間に含まれていないと思っていたでござる!」

私は待合室へ戻り、ケータイをチェックしつつYouTubeで芸人のチャンネルを見る。こうやって変な客のことも忘れるくらい笑ってストレスを発散してる。
待合室のカーテンが開き、少し髪の乱れた従業員が息をあげながら話しかける。
「ウサギさん、次予約の方、お願いしますね」
「はーい」

「3番席、3番席38番ウサギさん。ありがとう」
薄暗い廊下を抜け3番席に入ると、馴染みの顔。いつも指名してくれる深谷さんがいた。あどけない顔立ちでプレイも優しいし、結構いい客。
「ウサギちゃーん、会いたかったよー」
入ると共にペットを可愛がるかのように抱きしめてくる。
「私も〜!」
ノリでとりあえず抱きしめ返す。
「なんかさ、さっきエレベーターずっと2階で止まっててさ。予約時間過ぎちゃって。で、降りてきた人すごいやばくて。兜かぶってて、肌着だったの、甲冑持ってて。なにあれ。」
「えー!変な人!」
次の客にまで迷惑をかけるとは。でもなんだか面白い出来事だから、いつか小説にしよかな、それともネタにする?

「そういえばね!ウサギちゃん!さっきね!本物の兎さんいたよ!」
「え!?え!?なにどういうこと!?」
「なんでもあの1人でやってるYou Tubeあるでしょ、あれで高円寺ロケしてたんだって」
「えっ無理!なにちょっとやばい!なに!」
「ツイッターとかでなにも呟いてないから俺もびっくりしてさ。ここ来るまでに時間あったからちょっとついてっちゃった」
「え、どのへんいたのちょっと」
「ウサちゃん落ち着いて。あのね、商店街から外れた角にある堂々商店あるじゃん」
「あ、よくロケしてるよねあそこ」
「そうそう、ぎりゴミ屋敷みたいなさ」
「わかるわかる。ものが多いんだよね」
「ついてったらそこでロケ始めてさ!お客さんのフリして見てたんだよ」
「えええいいなぁ…いいなぁ!」
「でね、そこでネックレスについて触れてたんだけど、これ、プレゼント!」
「え、ありがとう!?突然すぎる」
「なんでも片方がどっかにあるネックレスみたいで、そこの部分YouTube使われるといいけど」
「なんかロマンあるネックレスだね、でも片方ないんだ。店がごちゃつきすぎ?」
「そうかもね」
勾玉みたいな金色のネックレス。普段遣いには大きいし絶対選ばないデザインなんだけど、兎さんが触ったりしたならもう価値は土地より高い。
「はぁ…深谷さんありがと…」
その日はプレイそっちのけでしみじみとネックレスを見つめていた。




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