見出し画像

【ランプの精 ②ランプの精】


ペンダントを万引きしてから4年、それからというものの一ヶ月に一回はその雑貨屋に入り、何度も万引きを謝ろうとしていた。
でももし警察を呼ばれたら、逮捕されたら、責任は自分で取る年齢になっていて怖かった。
せめてもの罪滅ぼしの思いで、その雑貨屋に通っては特に必要のない雑貨を購入していた。


店に着くと、脇目もふらずに外に置いてあるものを手に取りレジへと持っていく。
「はい、いらっしゃい、2900円ね」
「…」
「まいどどうも」
「…」
何度も声に出そうとするが、言葉が出なかった。もし逮捕なんてことになったら…。今はSNSとかもあるし。26歳という年齢で社会的立場を失うのは怖かった。

それからまた一ヶ月して、バイト先の給料日になるとその雑貨屋へ向かうのだった。
家を出るときに予報にない雨が降ってきて、自転車で行くのを諦め少し苛立ちながらバスに乗った。

店先で傘をしまうとき、傘の先が商品にあたってしまい、雑貨を落としかけた。
間一髪で雑貨を拾う。
「あっっぶない、どんだけ罪を重ねるんだ」
「いらっしゃい、雨だねぇ」
店先でゴタゴタしていたのが気になったのだろう。店主が店先まで出てきた。
「あめ、ですね…」
少々強面のおじいさんに目が泳ぐ。
「あっそのランプ!そうそう、久しぶりに見つけたんだよな、結構好きでさ!なんとなく外に飾ってみたんだ、気に入ったのかい?」
「あ、いや、これは…」
「値段、つけてなかったんだそれ、もともともらったものでさ」
「…そうなんですね」
「いいよ、気に入ったのならあげるよ」
「え!いやそんなの悪いです」
「ここにいても仕方ないだろ、そいつの日常も新しく作ってやってよ」
「日常?」
「もう亡くなったんだけどさ、家内がよく言ってたんだよな、誰かの日常になりたいって。もちろん俺たちは家族でさ、当たり前の日常になったけど。ほら、その小物とかでさ、誰かの日常が作られてくだろ?そういうのが好きで、俺と一緒にいてくれたんだよな、この店も大好きでさ」
「そう、なんですね…」

カヤマちゃんなら、なんて言っただろう。きっと新しい日常を作りたいって言ったよな。

「これ、ください」
「いいよ、包むから貸して」
店主が店の奥のレジで、ランプを包んで袋に入れてくれた。
「あの、」
「ん?」
「これ頂いちゃったし、このお店…もちろん生活のためにやられてるんですよね?」
いま洋服の下に隠れているペンダントのことを思って、震えながらも声に出してみた。
「いやいやぁ、もう生活のためじゃないよ。これは俺と家内の思い出を置いてるだけ。きっとここの物も誰かの物になりたいだろうし。あとは買われなくてもここに飾ってさ、誰かに見てもらってさ…、きっと、忘れてほしくないんだよな。俺がいたこと。家内がいたこと」
「…」

「じいちゃんただいま!」
勢いよく自転車を止め、少年が店へと入ってきた。
「おう、透。自転車で行くやつがあるか、雨なのに」
「いいんだよ、子供だしね」
「都合の良い使い方するなぁ」
「あ、兄ちゃん、まだ雨続きそうだな、気をつけて帰んな!」
「あっ、ありがとうございました!」
見た目は少し怖かったけど、彼にはなんだか人間くさい優しさを感じた。僕は自然と微笑みながら、二人のやり取りを見ていた。

「…新しい日常」
なんだかこのまま帰るのがもったいない気がして、高架下で雨宿りをしていた。
ランプを包みから取り出し、まじまじと見る。
「綺麗な作りだ」
そのとき少し強い風が吹いて、雨が高架下へ吹き込んできた。
「うわ」
メガネが濡れたので洋服で拭き取り、同じようにランプも洋服でこすった。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?