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【カットステーキランチ ③終わりのはなし】


彼女が就職して、二ヶ月が経った頃だった。彼女は仕事に一生懸命で、同期も先輩もいない小さな会社に就職したことから、毎日仕事のやり方を自分なりに探して頑張っている様子だったのだろう。
その頃の僕はというと、まだまだフリーターで来る日も来る日も彼女の家で遊んでいた。
彼女は毎日0時前くらいに帰ってくるとすぐにお風呂に入りベットへ横たわった。ぼくはすかさず彼女が寝ないように、映画をつけたりして話しかけていた。
「今日はこれ見よ、社会に切り込むような描写がたくさんあって…」
「ごめん、疲れてて…」
彼女は喋りながら眠りについてしまった。
ぼくはというとどこかほっとかれた気持ちになり、怒りがこみ上げてきた。
一緒にいる意味がない。
君のために話題を用意して、君のために毎日この部屋に来て、君のために映画だって探して、君の猫の遊び相手だって…
イライラしながらも、僕は隣でゲームをし、すやすや眠る彼女を疎ましく感じるのだった。


そんな日々が二週間くらい続いた。今思えばセックスもなく、ただ彼女が眠る時間に横にいるだけだった。目覚めれば彼女は仕事にでかけてて、もういない。
「いみ、あるのかな」
ふと悪い考えが浮かぶと、栓が外れたダムのように、いろいろなことが溢れ出てきた。
僕は君のために時間を使っているのに。君のために。君のために。
その夜はなんだかイライラしていて、バイトの仲間と飲みに行くことにした。
「ぎゃははは」
馬鹿騒ぎができると楽しい。なにも考えなくて済む。
「てかオサジマさんって彼女さんと住んでるんですよね?」
「まぁ、そんなとこだけど」
「え、お前実家じゃん」
「彼女が一人暮らしで、そこに行ってるだけで」
「ヒモじゃないですか」
「いや!ヒモじゃないよ、ちゃんとかせいでるし」
「デート連れてったり、プレゼントあげたりしてます?」
「俺今のシフト平日休みで土日ほぼバイトだし、金もないしな」
「週四のフリーターはきついよな、実家に金入れなきゃだし?」
「え!それって言い訳!!」
「あっプレゼント万引きした話は?」
「おい!それは言うなって!」
「オサジマのくせにやるなぁ」
「ぎゃはは」
少し心にひっかかった。カヤマちゃんは文句とか言わないし、今の現状に満足してるんだよな。なにも言ってこないしな。
帰り道は酔った状態でカヤマちゃんの家の鍵を開けて、彼女が寝ているベッドに飛び込んだ。
「ただいまぁ、あはは」
「うわ、酒臭い!」
少しじゃれ合う時間、こういうのが好きで。すぐさま彼女の太ももに手を伸ばし、エッチしようの合図をして彼女が受け入れた。

「ねえカヤマちゃんはさ、なんか夜いろいろ付き合ってくれなくなったよね」
「…まあ、仕事きついしね」
「なんかさ、ぼくちょっと自分だけ頑張ってる気がする」
「…」
「…いつも来るのはぼくだし」
「だってあんた実家じゃん」
「時間使ってるじゃん」
「あんたフリーターじゃん、私は勤務時間長いし」
「夜だって起きててくれないし」
「次の日に響くのよ、私はほら、外見気にするから化粧とかもしなきゃだし」
「ぼくは君のために時間使ってるよ」
「…」
「なんか変わったよ」
「あなたが使う光熱費。食費。すくない給料からやりくりしてるの」
「俺はもし自分の家だったらそんな事言わずに全部払うけどな」
「一人暮らしもしたことないくせに」
「時間だって彼氏のために使うし」
「あんた午後からの仕事じゃない、しかも週四で慣れてるバイト」
「仕事なんて適当にこなしゃいいんだよ」
「小さい会社なの、いま大変な時期なのよ」
「ここ来てもつまんないんだよ」
「…じゃあ帰ってよ、…どうせやりに来ただけでしょ」
「…」
なにかがぷつんと切れた音がした。
ぼくは無言でベッドから出て、服を着ると夜へ自転車を走らせた。
虫の居所が悪い。自転車を走らせると川にでて、夜の川は静かできれいに街灯を反射していて、それにも腹が立った。
おもむろに彼女の家の鍵を取り出し川に投げ捨てた。
もうあんな女のとこなんかいってやるもんか。全然いい女でもなんでもないし。もとはといえば友達が好きだった女だし。どうでもいいや。ほんとどうでもいい。
また自転車を走らせ、誰もいない夜の道を走った。気づけば少し汗ばむ陽気になってきていて、背負っているリュックの形に汗をかいていた。

恋愛の終わりというものは本当に綺麗ではなくて、ごちゃつく。これは僕が22年生きてきて知ってることのひとつ。
彼女の家に行かなくなって、連絡も取らなくなって一ヶ月くらい経った頃。実家に僕の荷物が届いていた。
だいたいが僕の洋服で、あとは映画やお笑いのDVD、小説や漫画だった。
「捨ててもいいのに」
とかいいつつレアなDVDなんかもあったので、オタクゴゴロとしては「助かった」と思うのであった。
拾い上げた洋服の隙間から、キラッと光るものが落ちた。

あの時のネックレスだ。
「…39800円はないだろ」

口は悪くなったけど、すぐにあの街並みと彼女の汗ばんだ手や笑い方を思い出して胸が苦しくなるのだった。
なんか元を取れてない気がして、その日から僕がネックレスを隠してつけることにした。
これがあれば誰かに会えるんじゃないか。もしかしたら彼女にも会えるんじゃないか。なんだかんだ言って未だに彼女を信じている僕だった。




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