見出し画像

【脱がせてもらっている時間は時間に含まれていないと思っていたでござる ④ピンサロのはなし】

派手なカッコや渋い飲み屋、古着や個性ある雑貨屋。いわゆるサブカルチャーと呼ばれる文化が混在しているこの街。
信号1個で駅からすぐ3分、よくわからないカレー屋とか老舗のケーキ屋の裏っかわ、ほんと裏側も裏側。劣化した壁の色が並ぶ建物の6番目に私が働くお店がある。
裏口だから従業員以外あんまり誰も入らないし、たまにタバコとか吸っている人がいるけど。ここは喫煙所じゃないから退いてよ。ほらやっぱり、男。そして階段をあがる私をジロジロ見ていくんだ。今でこそマスクが当たり前になった時代だけど、この店を出入りする限りすれ違う人は私を見ていくんだろうな。

お店に到着するとまずはお着替え。従業員には分かりやすく番号と、下の名前が振られている。私は38番。ロックの69番とかおっしゃ合格の59番とか、もう誰かが使っていたのよね。でもサンパチマイクは余ってた。あっ、もうそろそろM-1の予選始まる時期なんじゃないかな。
「あ!ウサちゃんおはよ」
先輩のまゆさんが更衣室に入ってきた。
「おはよ。出勤同じだったんだ」
先輩と言っても、この職場ではあんまり敬語で話すことって少ない。あ、でも男の人は敬語で話しかけてくるかな。よくよく考えてみたら。

「でも今日はラストまでだからしんどいー。平日だけどなんかコール多いし、混んでんのかな」
「ラストはしんどいね、せめて予約のほうがいい」
「それなぁ」

私は出勤は多くて週に2回くらい。フツーにOLだし。今日は午後休だし。
私は人よりなぜかよく食べる。誰に似たんだろ。大食いタレントとしてそれでテレビ出ることもあるけど、それは極稀の特番とかで。単純に食費がすごくかかる。
でもまゆさんはここ1本で、ほぼ毎日しっかり出勤してる。だいたい14時からラストまでとか。なんでもホストと暮らしているらしくお金がいるのだとか。

まるで女子高生みたいな、でも生地はテロッテロでところどころ毛玉の目立つ制服に着替え私は下の階に降りた。

「あ、電気流れてる」
暗い店内ではものすごい爆音で音楽が流れている。普通に会話が聞こえないくらい。
これでも男の人たちはイケるっていうんだからすごいよな。ロマンとかムードとかは関係ないんだから。
客と仕事中の女の子がいるフロアをそそくさと抜け、カーテンで仕切られた待機室へ入る。いつもの従業員がカーテンを開けてくれた。
「おはようございまーす」
「ウサギさんおはようございます!今日もスタイルがいいですね」
グーサインを出しているスーツを着た従業員。
「あは、ありがとうございます」
「おはようございまーす」
「おはようございまーす」
待機室にいる女の子たちが気だるく挨拶する。
化粧を直してる子、動画見てる子、寝てる子、ここの待機室は何やってても怒られない。もちろん喋ってても何も言われたことはないが、ご時世的にあんまりしゃべらないし。なによりそんなに喋るような女の子達ではない。ここはガールズバーのノリとは違う。だってピンサロなんだから。

座り込んでケータイを確認すると14時ちょっと前くらいだった。習慣づいているかのようにTwitterを見る。
あ、堂前さん呟いてる。後輩の写真だ、かわいい。いいね。
そういえば今日はマンゲキの配信観なきゃか。18時までの出勤だけどなんか店が混みそうな感じがするし。
500ℓの紙パックの飲み物を啜りながら、関西へ思いを馳せる。

「38番、ウサギさん、3番席、おめでとう」
マイクで店内に呼び出しがかかる。席番号の呼び出しのあとにおめでとうがついている時は写真指名。ありがとうと言われたときは電話やサイトで予約してくれた本指名。
と、いうことは初対面の人か。待機室の鏡で自分の顔を確認する。うん、大丈夫。物品が入ってるカゴを持って、待機室のカーテンを開けようとすると先にひらりとカーテンが動く。
「おはようございまーす、あ、もうウサちゃん指名だね」
遅れて入ってきたまゆさんが明るく言う。こっちも明るく返して、薄暗い店内の奥の席、3番席へ向かった。
席はフロアを6つのブースに仕切っている。中央に廊下があって右側に3つ、左側に3つ。廊下に立ってたら中の様子が見える、それぞれの部屋を仕切る1メーター20センチくらいのカーテン。入り口には漫画喫茶のような下が空いているこれまたカーテン。カーテン、カーテン、外の世界とここの世界を別物にしてくれるもの。いつものお笑いオタクのマリとしてじゃなく、ウサギとして仕事をする場所。
センスの悪いピンク色のカーテンを抜けると、そこには武者がいた。

武者が、いた。

なぜか正座をしていて、緊張しているのか目は泳いでいた。
「こんにちは、うさぎです」
「う、うむ…」
今うんじゃなくてうむって言わなかったか。というかなんで甲冑を着ているのか。コスプレじゃないの、これ。私は優しい接客だから痛客つきやすいけど、でもこういうタイプの痛客は初めてなんだけど。
できるだけ可愛い声を作る。
「えー!何これ!時代物じゃん!かっこいい!どこで買ったの!?」
「…これは拙者の物でござる」
「ござ」
「将軍から直々に頂いたのでござる」
甲冑男は早口で捲し立てる。オタクなのかな。てかござるって言ったよな。
キャラを通すタイプの痛客なのか。甲冑と女子高生か。そんなアニメあったっけ。
とりあえず30分付き合うなんてのはもう慣れっこだし、オタクは優しくすると通ってくれるからできることをやろう。
「ござる、ふふ」
甲冑の上から肩や腕をペタペタと触ってみる。その指先を甲冑男は目で追っていて、女性慣れしていないのがわかる。すかさずここでキスをしようとしたが、甲冑の頭の部分、ツバの幅が広すぎてキスするまで顔が近づけられない。90度くらいだいぶ顔を傾けないと。無理だ、少し笑いがこぼれてしまう。
なんの時代コントだよこれ。
「なっ…」
顔が近づいたことに緊張したのか、後ろへのけぞる甲冑男。カチャンと甲冑が鳴る。
「いつもこの格好で来るの?それとも最近のハマり?」
「…戦地へ出向くときに着ているでござる」
「ふふ、そうなんだ」
答えになってないよな。ピンサロが戦地ってこと?それともなんかアニメのセリフなのかな。
とりあえず脱がさないことには最後までできない。こういうタイプのやつは緊張で勃たない人もいるから、時間いっぱい頑張りましたよ、という姿勢を見せないと。自分が勃たなかったのを正当化するために、下手くそ!とか逆ギレする人もいるから。
まずはどこから脱がすのが正解なんだろう。とりあえず手のひらについてるこれ?剣道で言うコテなのだろうか。
「あっこれ紐で括られてるんだ、甲冑って」
リボン結びかと思って引っ張ったら、外れなかった。
「えっ片結び」
「身体を守るのに外れたら困るのでござる」
ちょっと上から目線の早口甲冑男にイラつきながらも、紐を解く。固く結ばれているし、店内が薄暗くて見えにくい。
ちらっと胴の部分に目をやると、全部同じような結び方をされているじゃない。
これ、脱ぐまでに何分かかるんだろう。
自分はテクニックがある方だと勝手に思っていたけど、それは服を脱いでいるときの話で。店内の大きな音楽がさらにイライラを募らせる。
「これ自分で着るの?」
「着せてもらうのでござる」
そりゃ片手じゃ着られないわよね。私はもうムードとか気にせずに小さな片結びをほどいていく。これじゃあほとんど作業じゃないの。
フロアを見守っている従業員が物珍しそうに巡回している。
これも一種のプレイだと思っているのか。確かに女の子に対してなにかしているわけじゃないし、コスプレは入店禁止ルールなんてないし。でもこれはどうなのよ、甲冑は時間かかりすぎるって。

やっとの思いで、手首から肩くらいまである部分が外れた。
にしても、重たい。甲冑。とりあえず脱いだ部分を邪魔にならないようそばに置く。
「重いね、これ。どこかで特注品とか?」
「配給されたものでござる」
ちょっと得意げに、甲冑男が話す。というより、ピンサロでここまでキャラを通してることにもはや感心してしまっている自分がいた。

30分という時間は長いようで短い。だいたい10分間で服を脱がせたりは完了していてプレイに入るのだが、今回はそう言うわけにはいかない。
そろそろ7分経つくらいであろうか、次はもう片方の腕の部分も外さなくては。
外すのに一生懸命になっていて、私の胸が甲冑男の右腕に当たっていたらしい。
女性は男性の視線を感じ取るのが早い。ちょっと喜んでいるような、緊張しているような顔を甲冑男が一瞬した。私はその瞬間を見逃さなかった。

「うふふ、えっちな人」
「えっちとは、どんな意味でござるか」
「え」
私に意味を言わせたいようなセクハラじみた顔でもなく、きょとんとした表情で甲冑男は聞いた。
これも、演技なのだろうか。いや、そんな感じはまったくしない。シンプルに意味を問うてきている顔だった。
「うーん。破廉恥、みたいな」
「はれんち?」
「…、エッチ、変態、淫ら?」
「淫ら!」
甲冑男が顔を赤らめ、目を見開いた後すぐ私から視線を外した。
胴部分の甲冑がカシャンと鳴る。
正直もうそのキャラはいいから、と飽きてきた私とどうにか30分で終わらせないとという仕事モードの私が性に積極的な女として声を上げる。
「はやくぅ、あなたと触れ合いたい」
「っっ」
甲冑男は照れたような表情をしてからそそくさと左足部分の甲冑を外し始めた。
すかさず私も右足の甲冑部分を外す。また固結びの多いこと。2人で無言の作業を続けた。
店内の曲も変わって、3分くらいは経っただろうか。やっと甲冑男の脚が露わになった。といってももんぺみたいなズボンを履いてて、実際には露わにはなってないんだけど。
「はあ、やっと」
足の部分も両方そばに置き、一呼吸。体感で12分くらいたってる。さて、ここからどうプランを立てていこうか。一瞬このままプレイに入ることもよぎったが、甲冑の胴の部分、ヒラヒラとしたスカートみたいなのが6個くらいついていて、太ももが半分隠れている。
このままではたとえ咥える体勢に入ったとしても、絶対邪魔。めくり続けるのも邪魔だし、第一あれは可動域はどのくらいなのかもわからない。
胸元に紐がいくつか見える。繋ぐと半円を描くように、複数肩パッドみたいな部分に結ばれている。
これだ、ここを外せば胴部分が脱げてプレイに入れる!
すかさず私は甲冑男の太ももに跨る。
「なっ、なんでござるか」
無言で微笑み、紐部分を外す作業に入った。顔を近づけようにも、兜みたいなの邪魔過ぎる。器用な方だとは思うけど、指先の感覚を信じて紐をほどく。きつく片結びされている紐が、3つのコブから2つに、2つから1つに、やっと解ける。これだけで1分弱。あと何個あるのよ、なにこのタイムアタック。
恐る恐る私の目を見てくる甲冑男。

「…綺麗でござる」
「ふふ、ありがとう」
少しくすぐったいような感覚がした。恥じらうような顔をちゃんと見せてからまた作業に入る。

全部で両側、8つのコブを紐解くこと、約7分。やっとの思いで甲冑の胴部分を外すことに成功した。そして肌着の上にはまた甲冑が当たっても大丈夫なような布を取り付けていた。
「どんだけ着込むのよ」
布は無数の紐が見えたが、全部1本の紐で繋がっており、簡単にするりと外すことができた。やっと甲冑男が肌着のみになる。
「ねえ、こんな肌着まだ売ってるの?おじいちゃんみたい」
「近くの呉服屋で買ったでござる。」
甲冑男はクスリとも笑わずに、でも目を泳がせながら答える。
意外と可愛い反応するじゃん。この近さに慣れてないのは可愛い、し、なによりこっちのペースで仕事ができるのでありがたい。

「チューする?」
「…ちゅ、チューとはなんでござるか」
「ん?キス。口づけ。」
「口づけ!」

目を見開いた甲冑男が愛らしくさえ思えてくる。ここまでキャラを守ってるのすごいよ。

「ね?だから早くこの兜、外して?」
肌着姿で兜を身につけている、この世で一番マヌケな姿の甲冑男がまた早口で答える。
「しょしょしょ承知でござる」

いかにも焦ってるような兜の外し方。しかしキャラから推測するに頭を守るからなのか、兜はとても固く結ばれていた。
「ここ、ここをちょっと」
「一回、一回手離して」
「痛い痛いいたいでご」
「暗くて見えない」
「ヴェッエッ逆でござる!」
雰囲気が高まっていることもあったかもしれないけど、私はプレイ時間が残り1/3であることにも気を取られつつ、2人で焦りながら兜の紐の結びめを解く。

「3番席、3番席、38番ウサギさん。ラストタイム、ラストタイムです。」
「あ」
騒がしい店内にコールが響く。
ラストタイムとは残り時間が5分のことで、1度バックヤードに戻り名刺にメッセージを書きに行かなくてはいけない。だいたいこの時間で手を洗ったりうがいしたり、店の人に状態を伝えたりするんだけど。
つまり、延長しない限りもうこの甲冑男とのプレイはないってこと。
これ、ごく稀に話好きの客とかきたときにあるんだけど、すごく言いにくい。

「ごめん、時間だ。一回戻らないと」
「え」
「メッセージ書いてくるね」
半ば強引に甲冑男から降りた。席から出ようとしたところで思い切り手を引かれる。
「…いないと思っていたでござる」
「な、なんて?」
「脱がせてもらっている時間は時間に含まれていないと思っていたでござる」
過去に見ない速さの早口で、甲冑男が言い放った。

「ごめんね…」
「脱がせてもらっている時間は時間に含まれていないと思っていたでござる」
「ちょっとメッセージ書いてこなきゃ、あれ割引券にもなってるし」
「脱がせてもらっている時間は時間に含まれていないと思っていたでござる」
甲冑男の手を振り切り、そそくさと急いで3番席から出た。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?