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【カットステーキランチ ①君とのはなし】


「そのまま、して…」

どうにか彼の機嫌を損ねないようにと、でも親友だからちゃんと正直に伝えないと、と。
話せば話すほどどんどん彼が遠くなっていくような気がしていた。


「でも言えてよかったじゃん」
「言えてよかったけど、なんか罪悪感すごいよ…俺モテるわけでもないし…」
「いいのいいの!今を生きないとさ!」
キャッキャしている彼女と深夜の公園でシャボン玉をしていた。
「ねえこの夜がずっと続いて、明日なんて来なくていいって思う気持ちと、明日になったらまたヤスとどっか出掛けられるなって嬉しい気持ちがね、ずっとあるの」
「う、うん」
彼女はときどき返答に困るような会話を投げかけてくる。
それはどこかのバンドマンが言いそうな曖昧なニュアンスで、でも彼女の気持ちにはその言葉がいつもぴったり当てはまっていて、そんなところがまた好きだった。
「ほらきれい。きれいに飛ぶ」
「シャボン玉の歌、あれって子供が生まれてすぐ死んだ歌だって」
「でもさ、また飛ばすんだよ、最後に」
「最後に?」
「風、かぜ吹くな、シャボン玉とばそ」
「確かに」
「悪い事は起きる。でも、まだめげないぞって、そんな歌に聞こえる」
「カヤマちゃんは地獄に行ってもポジティブそうだ」
「私は天国にも地獄にも行きませんー!」
「じゃあどうなるんだよ」
「花にでも犬にでも拳銃にでもガリレオ温度計にでもなって、あなたに会いに行く。」
「ガリレオおんど」
カヤマちゃんがふいにキスをしてくる。
僕も言葉を止めてキスをする。

「ふー」
カヤマちゃんが小さなまたシャボン玉を飛ばす。
僕はキスした自分の唇にカヤマちゃんの真っ赤な口紅が移ってないと良いななんて考えながら、空に浮かぶシャボン玉を見ていた。


半同棲とでも言うのだろうか。僕は都心へアクセスの良い家の生まれで(裕福ではないけど)実家だったから、ずっと一人暮らしをしている彼女の家に入り浸っていた。
彼女とはたわいもない会話の他に、映画を見たりセックスしたり、彼女の猫と遊んだり、小説や漫画を読んだり、時には友達を交えてダーツをしたり、ラーメンを食べたり、若い時にすることをほぼほぼ網羅して生きていた。
「はい、ごはん」
彼女はまるで新妻の様によく世話を焼いてくれる人だった。
僕の脱ぎっぱなしの靴下を怒りながら、でもなんだか少し嬉しそうに片づけたり、朝には軽食、バイトの時はアップルパイを作って持たせてくれたり。
かなり強引に尽くしてくれるがそれに甘えて、僕はなんとなく毎日を過ごしていた。
「だって好きなんだもん、いいじゃん」
それが彼女の口癖だった。
その頃の僕はというと彼女にどっぷりはまっていて、お金がない代わりに時間を費やして愛情を表現していた。
バイト先も同じだが、一つ年下のカヤマちゃんは専門学生でもうすぐ就職する。僕は実家暮らしだし、フリーターを続ける気でいるが、先の事なんて考えちゃいない。
若さは生きる強さでもある。なんだって出来る。責任なんてないし。
その夜もまた同じように、ベッドの上から映画を見ていた。横で彼女がウトウト眠り始める。
「いやここからが面白いところだから」
「そうなの…」
目を擦りながらまた頑張って起きようとする彼女はとても健気で、いとおしく思えた。
夜はぼくらの時間だった。誰もいない二人きりの時間。僕はそんな時間を大切に思っていた。
いつの間にか朝が来ていて、彼女が学校へ向かう支度を始めていた。
僕はその時間になるとベッドへ横になり、いびきをかいて眠るのだった。
昼過ぎ位に起きて、バイトへ行く。22時の閉店まで働き、またこの家に戻ってくる。
その頃には彼女はもうウトウトし始めているんだけど、この映画いいよ、このゲーム良いよ、なんて理由はどうでもよいから、僕らの夜の時間を始める。
そんな流れで彼女に触れて、気持ちよくなって、また僕は眠って彼女は朝を始めて、そんな日々が心地よかった。




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