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【魔物 ②破壊のはなし】

最寄りのバス停から歩いて20分。暗い道を抜けた先に私の家がある。
その日は野球部での最後のマネージャーの仕事を終え、バス停に着く頃には20時をまわっていた。
後輩たちに「このあとは任せたよ」なんて言葉を残したのは、少し情けなかったかな。
私の3年間。野球部を見続けた3年間。私の年には甲子園出場は出来なかったけど、それ以上に大切な経験を得たような気がしていた。
きっと結果じゃないよな。まだ18歳の私にはわかんないことだらけだけど、大人ってそうだと信じたい。

そして何より、今日はみっくんと約束してる。
それだけでちょっとスキップしちゃうくらい、顔にも綻びが出てたと思う。
みっくんは部活もないし、普通に帰ってたから着替えてくるのかな。自転車で。
別にみっくんとは毎日顔を合わせてるし、家も近いし、みんなで夜に遊んでたこともあるけど。

でもやっぱり、なんか今日は特別じゃない?

彼にとっての1番だった、野球がなくなったから。もちろん私も、誰よりも応援してたし、こんなこと言ったら最低な女だと思われちゃうかもしれないけど。
でも私だって、少女漫画で見る甘酸っぱい青春をさ、少しくらい味わったっていいんじゃない?
今っていましかないんだから。
バスを降りる時の足取りも弾む。

変な顔してないかなぁ、カバンから鏡を取り出して前髪のチェック。色つきリップも塗り直す。
自分が出来るベストコンディションでみっくんの元へ駆けつけたい。
ケータイをチェックすると、みっくんからメールが入っていた。
少し遅れるかも、たぶん帰り道で合流出来そう。との事だっだ。
わかった、歩いてるねーと返信をして帰り道を歩き出した。

帰り道は割とわかりやすい大きい道で(田舎だからなんだけど)
ただ街灯が少なく暗い道も多かった。
小学校の前はもう誰もいなくて暗いし、公民館の周りにも人はいない。お店なんてないし小さな工場にも、もう誰もいない。
家はぽつぽつあるんだけど、外まで明るいと言えるような家はそんなになかった。
でも特に気にせず、普段通り歩いているのだった。

向かいから自転車が通り過ぎる。
あれは、、みっくんじゃないな。

自転車のライトが明るくてあんまり見えなかったけど、フードを被った人だった。
すれ違う時、自転車の人と目が合った。男だった。自転車のスピードもゆっくりになってる。なんだか気持ち悪い。不安定な要素の気持ち悪さが背中に伝わるのが分かった。

すれ違ってから何秒かした後、後ろを振り返ってみる。
その自転車の男は大きな歩道でぐるりと折り返していた。
用事もないのに、折り返す。少し危険を感じる。
直ぐに前に向き直って、足早に歩き始める。
またこちらに向かって来ていることがわかった。
私、あの人に、狙われてる?
いやいやまさか、別にそんなことないよね。何か思い出しただけかもしれないしね。
はやくみっくんに会えないかな。怖い。

自転車のライトが、後ろから近づいてくるのがわかった。
またそれもゆっくりと。
誰もいないから道の真ん中を歩いてた。
邪魔かな、と思って左側へ寄る。
すると後ろの自転車のライトも左側へハンドルを切ったのが分かった。
「?」
「かわいいね」
突然の出来事だった。耳元で男にそう話しかけられたかと思うとおしりを触られた。
「!!」
声にならない声を出して、力いっぱいカバンを男目掛けて振った。怖い。怖い。怖い。助けて。
「うっ!」
ガシャン!
確実に男にカバンが当たった感触があって、男が意識を失ったかのように自転車ごと倒れたのだった。

「えっ」
私は痴漢をされた恐怖と、男が突然倒れた恐怖でその場に立ちすくんでいた。
どういうことだろう。今のうちに逃げた方がいい?

「「ハナ!」」
その時みっくんの声がした。
「みっくん!助けて!」
みっくんは自転車をフルスピードで漕いでいて、私の前で飛び降りるように自転車を置いた。
「さっき音がして。何、何があった」
「この人におしり触られて。っ、で、カバンで押したのっ、そしたら、そしたら倒れて!」

自分でも声が震えてるのが分かるくらい恐怖に襲われていた。
「ハナ、ハナ落ち着いて、大丈夫、大丈夫」
それが伝わってしまったかのように、みっくんも涙を浮かべているのが分かった。
この前とは違う、恐怖でパニックになっているような涙の浮かべ方だった。
「この人、なんだよな。」
「う、うんっ…」
「大丈夫ですか!?大丈夫ですか!?」
みっくんが倒れた男を叩きながら大声で声をかける。
男はうんともすんとも言わず、倒れたままだった。
「どうしよ、どうしよ、救急車?」
みっくんが涙を拭いながら焦っていた。
「うぅ、う…」
私は今の状態についていけず泣くことしか出来なかった。
みっくんがうつ伏せのままの男をごろん、と仰向けにさせた。

「!!」

うつ伏せのまま倒れた衝撃だろうか、両鼻から鼻血が出ていて、あきっぱなしの口から泡を吹くような涎が出ていた。目の焦点はあっておらず、白目になりそうな勢いで何度も何度も黒目が上を向いている。
「やばいやばいやばい」
みっくんが男の頭に触れたとき、突然黒目が真っ直ぐ前を向き、焦点があったような目の動きをした。口元ももごもごと動いて、しっかり閉まる。
何度か瞬きをしたあと、男は目を閉じた。

「…?」
「…え、大丈夫ですか!?大丈夫ですか!?…呼吸はしてるみたい、大丈夫かな…」
みっくんが男の頭から手を離す。
ポケットから携帯電話を取り出すと、119とダイヤルしたのだった。
「え、あ、事故というか。男の人が道で倒れてて。呼吸はしてます。鼻から血は出てますが。はい、はい、えっとこの辺は、大東小学校あたりの…」
そこからというものの、救急隊員が来て、警察が来て、親も来て、いろいろ聞かれたり、書類にサインしたりして目まぐるしい夜になった。

「脳震盪を起こしていたんですかね、でも不思議で、カバンだけの衝撃ではそんな力は入らないでしょ。当たり所が悪かったのか、もしくは先天的な遺伝があったのかな。あと大体そこまで酷い脳震盪を起こすと何かしら後遺症とか残るんですがね。この人は特に無さそうです。奇跡的かもしれません」
「では、これで大丈夫です。警察でも夜の見回りを強化します」
「よろしくお願いします」
両親が警察と話していた。
そのまま両親の車に乗り、家に着いた。
今日はこんなはずじゃなかったのにな。
お風呂に入ったあとで、携帯電話を確認する。
みっくんからのメールが1件。

【今日はあの前に行けなくてごめん。本当にごめん。でもこれから守るから。】

あまり口数多くない彼らしいな、もうやっぱり気持ちは通じ合ってる。私はこれから彼と生きていくんだろうなと、直感と祈りが半々ずつ。
空を見るとさっきまで月を隠していた雲が晴れていた。月に心が照らされ、彼への想いも募るのだった。




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