7章 ー ガード ー

「おーっす、美沙!」

「千尋ちゃーん。」

 地下鉄のホームで待ち合わせた二人は、蒸し暑い天気だったからか、やたら肌の露出の多い服装だった。千尋は明るいミントグリーンのノースリーブに編み目の粗い上着を羽織っていた。ホットパンツからすらりと伸びる長い足にふり返る男性もいた。美沙はふわりとした明るいオレンジ色のスカートにパステルイエローのキャミソール、胸に白いウサギのマークをあしらった柔らかいグレーの五部袖を羽織っていた。二人で仙台の街中に繰り出すのだ。

 地下鉄にゆられて仙台駅までたどり着き、ビルの2階の高さに網目状に張り巡らされた広い遊歩道、ペデストリアンデッキをのんびりと歩く。ほどなくしてさまざまなショップが並ぶアーケード街に入り、平日ながら賑わう人の流れの中を歩きながら、かわいいものや目新しいものを見つけてはあれこれ話していた。


「ねえ、二人ともヒマ?」
 表通りに面したUFOキャッチャーの中を見ていたら、声をかけられた。高校生くらいの私服の男子5人組だった。

「いや、忙しい。」
 千尋は率直だった。

「つめたいなあ、一緒にゲームやろうよ。」
 指さした方向にはレーシングカートがあった。

「断る。」
 UFOキャッチャーのぬいぐるみから目を離さず答える。まっすぐな千尋の陰で、美沙はおどおどしていた。

「大丈夫だいじょうぶ!簡単だしすぐ慣れるからさ。お金は心配しなくていいから。」

 千尋はキッと無言で睨み返した。剣道で慣らした眼力は伊達ではない。予想外の反応に、さすがに男達も動揺したようだった。

「ぁんだよネーちゃん、調子乗ってんじゃねーぞ?」

 それまで後ろにいた一人が男達を押しのけてずい、と迫ってきた。あ、こいつ目がやばい。千尋はとっさに判断し脱出口を探るが、既に男5人に囲まれてしまっていた。自分の後ろでガクブルしている美沙もいるし、逃げるのはキツイ。大声を出すしかないか……。

 そう瞬時に判断し、千尋が恥を忍んで精いっぱいの悲鳴を上げようとした、その時ー

「千尋ちゃん?お、美沙ちゃんも。」
 聞いた事のある声が表通りから聞こえた。

「タカさん?!」
 ほぼ涙目の美沙の声がひっくり返る。今まさに悲鳴を上げようとして息を吸い込んだ千尋もあっけにとられてぽかんと口を開けている。タカの他に2人の大人の男性が一緒だった。高校生たちの背中が急に丸くなる。

 タカは高校生たちを指さしながら「……知り合い?」と尋ねた。明らかにそうではないと分かるのだが、他にどう聞いたらいいのかわからなかったのだ。美沙がぶんぶんぶんぶん、と髪の毛が水平になるほど首を振る。リーダー格の高校生が態度を豹変させて上目使いでタカに言う。

「……あー、この子たちに道を聞いてたんですよ。いや、本当っすよ。」

「そっか。どこまで?」
 タカがやわらかい口調で尋ねる。

「えー、あ!いや!もう分かりました!ありがとな!じゃ!」
 ばたばたばた、と逃げるように高校生たちは退散した。ぺたん、と地面にへたり込む美沙。千尋もやや青ざめた顔色をしてUFOキャッチャーに寄りかかっていた。


「タカさん、ほんとーに、ほんとーに、ありがとうございました!その上、こんなご馳走にまでなって……。」

 じゅるるるる、とフレッシュジュースをすすり、美沙が礼を言う。千尋はまだ元気が戻っていないようで、ロイヤルミルクティーを片手に視線がテーブルに落ちたままだった。落ち着いたカフェに3人はいた。タカの友達には「後から行く」と言って目的地に先に行ってもらった。

「二人とも、災難だったな。こんな表通りで中学生に絡むなんて……嫌な感じだな……。」

 美沙が返事をする。
「でも、表通りだったからタカさんに見つけてもらえて助かりました……。」

「うん、本当によかった。でも、不思議だなあ。」

「何がですか?」
 美沙が問う。千尋も目線を上げた。

「普通は俺、平日は休みじゃないたんだよ。それが会社の都合だかなんだかで、急に今日を休みにされちゃったんだよね。それで、たまたま連絡が取れた友達と街中に来たわけ。……俺がここにいるのって、普通だったらありえないんだよね。」」

 美沙と千尋が目を合わせる。偶然、なのだろうか。

「タカさん、よくアタシのこと覚えてましたね。」
 やっと千尋が口を開いた。

「んー?だって千尋ちゃん、かっこよくて美人だもん。」
 ニカッ、と屈託のない笑顔を浮かべる。千尋がさっきとは別の理由で黙りこむ。耳まで真っ赤だった。

「そう、きれいなんだよね。だから……。」
 いつもはどこか砕けた雰囲気のタカだったが、目元と口調に真剣さが宿ったのを感じて、千尋と美沙はタカの顔に目を向けた。

「だから、女の子はもう少し、【男性がどう見るか】を考えた方がいいと思うよ。」

 男性がどう見るか。

 ダンセイガドウミルカ。

「……?」
 しばらく二人とも、タカの言った言葉を考えていた。

 ダンセイガドウミルカ。ダンセイ。男性……。

「二人とも、中学生になったばかりであんまり意識してないかもしれないけれど、ちょっとお互いの格好、見てみてよ。」

 改めてまじまじとお互いの身なりを観察する二人。

「……肌、出し過ぎ……?」
 美沙が答える。

「うん、そう。適切に肌を隠す身なりは自分の身を守ることにつながるし……それに、男性は目からの誘惑に弱いから、肌を出さない服装は正直言って、男性にとってありがたいんだよ。」

「……そうなんですか……考えたこと、なかったです……。」
 美沙が目を丸くして言う。千尋も同感らしく、ぽかんとしている。

「それに美沙ちゃんの、その服のマーク。」
 二人が美沙の胸元に目をやる。

「ウサギですか?」

「それ、プレイボーイって言う、女性の裸の写真が載ってる雑誌のマークなんだよ。」

「……え?!そうなんですか?!……知りませんでした……。」
 美沙は顔を赤くして恐縮した。千尋も驚きを隠せない。

「肌の露出に、来ているもののシンボル。人によってはその女性の性的なガードが低い、と捉える人もいると思う。彼らもそうやって千尋ちゃんたちをターゲットに定めて寄っていった……のかもしれないね。」

『……あーーーーー……』二人がシンクロして答える。

「くそぅ、一人ひとり個別にだったら絶対に負けなかったのにっ。」
 千尋が涙目で歯ぎしりして悔しがる。

「千尋ちゃん、それちょっと違う気がする……。」
 二人のやりとりを目を細めて見守っていたタカが、優しく二人に語りかける。

「自分自身と男性、両方を守るために、これから身なりに気を遣ってくれたら嬉しいよ。」

「ありがとうございます。」

「……ありがとうございます……。」


 タカは全員分の会計だけ済ませて先に出ていった。友達と合流するのだそうだ。

「……帰ろっか……。」
 残された二人はこの格好のまま遊ぶ気にもなれず、早々に引き上げた。

 帰りの地下鉄で、今まで意識したことのなかった周りの男性の視線に気付き始めた。露出した腕、胸元、足……。視線の元を見ようとすると、向こうはサッと目をそらす。

(……美沙。)
 小声で千尋が耳打ちする。

(何?)

(男性って、みんなこうなのか?)

(……うーん……わかんない。お父さんは違うと思うけど。)

(タカさんも?)

(……そう……じゃないと思うけど……)

 男性は弱い。タカはそう言っていた。男性なら例外なく皆そうなのだろうか。身近な人はそうではない。自分が信頼している人は違う。そう言ってほしい。複雑な思いを抱えたまま、二人とも言葉少なく家路についた。


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