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稲作創話「棚田物語」乙類01「草刈機盗難被害顚末記」 

~こんな泥棒さんなら、また来てな!~

四国の片田舎の倉庫から親父の草刈り機が盗られたことを知ったのは、十一月、霜月の中頃だった。いつでも突然だが携帯が振動して、M西警察署の刑事さんから、「実家のお隣のS店の奥さんに携帯番号お聞きして掛けました。あなたの実家前の倉庫から草刈り機が盗難されていますが、心当たりはありますか。」
確かに、九月の終わり頃、二台あった親父の赤いゼノアの草刈り機が、一台しか見当たらなくなっていた。また、棚田の小屋に置き忘れたか、近所のいとこが勝手に使ってるんだろうくらいに思っていて、他にも2台、解体屋の叔父からもらったやつもあるから、秋の畦草仮には困らなかったから、あわてもず。
それでもその後気にはなり、棚田の二つの小屋も探したが、ない。いとこたちや近所の叔父たちにも聞いたが知らないという。変だなとは思い始めていたところに、刑事さんからの電話。
「矢部〇〇という二十代の男です、9月の終わりころにお宅の倉庫の鍵が開いていたようで、まあ、どうも他の家からも噴霧器を盗って、中古屋に売ったようで、お宅の草刈り機はもう探しようがありませんが、特徴を教えてくださいますか。」
9月末といえば、調度、近所の親戚がうちの倉庫で収穫した米を乾燥機にかけていた時期。一晩中灯油炊いて、時折、夜中に見回りにも来ていて、確かに鍵は開けっ放していた。
「泣き寝入りですかねえ、これからどうしたらいいですか」という問いに対して、「そうですねえ。もう、草刈り機はどこに行ったのかわかりませんので、返っては来ませんね。後は、本人に付いている弁護士さんから連絡がいくとは思いますが。ちなみに、彼の携帯電話の番号、言いますね。」
釈然とはしないなか電話番号控えて、盗った矢部君も農業するためでもなさそうだし、よほどお金に困っていたのだろうくらいに、その時は寛大にも思っていて、でも、代わりを買うにもヤフオク中古で二、三万はするだろうなとか、とつおいつ思いつつ、年末を迎えても、弁護士さんからは何の連絡もなく。 
それにしても、悪いことをしたのだから弁償はしてもらわないとなあ、などと考えて、新年初めに意を決して矢部君に電話をした。すると、盗った相手は電話は取らずに、こちらの留守録聞いて、後日、SMSを送ってきた。
 「本当にご迷惑をおかけしました。何とか弁償は致します。でも、今は、六月末まで県外に働きに出ているのでお会いすることはできません。3月末には、落ち着きますので、弁償します。いくらか教えてください。すみませんでした。」
 なんと、殊勝な泥棒さん。
変な因縁つけられて、逆恨みされて、実家に火でも付けられたらどうしようなど思っていたから、返事が来るとは驚いた。しかも、弁償しようとしている。こちらが、焦った。どうしよう、どんな弁償の仕方を提示しよう。
そこで、三つの選択肢を矢部君に送らせて頂いた。
 選択一、現物を返して。(これは、ほぼ無理だけれど、これが一番の正統派の要求だと思うので。)
選択二、ヤフオク見たら同じ程度の中古品が二万六千円で出ているので、送料込めて三万円の支払い。
選択三、五日間、私の棚田で午前中だけ働くこと。仕事内容は、畦草刈、田の整地、水路の整備等々。
返事は、当然といえば当然、選択二。こちらも、あまり期待もせず。こんな返事をもらえただけでも、何だかうれしい気持ちになってきた。ダメモトで繋いでみただけなのだし、後はどう転んだところで結構、彼の更生を願うのみ、といった心境で三月末を待った。
しかし、振り込んでは来なかった。そこで、再度、約束し直しして、四月末を待った。
二百枚の苗箱にもみまきも終わり、イデ普請も済ませ、棚田は春起しもし、畦草も刈って、水入れを待つのみとなっていた。でも、振り込んでは来なかった。
やっぱりな、と思った。これが最後と再々度、催促の連絡はしてみた。「すみません」との返事だった。でも、これでもうやめようと思った。こちらも、鍵をかけ忘れていたのだし。
すると。
ゴールデンウイーク明けの九日月曜日、振り込んだから確認してほしいとのSMSが飛び込んできた。
まさか。ほんとに。すぐにゆうちょの通帳持って近所のスーパーのATMで確かめた。確かに、三万円、「矢部〇〇」と明記されて、入金されていた。
まさしく、文字通り、「有難い」。
早速、受け取りのSMSを送り、六月末、県外での仕事がひと段落して、愛媛に帰ってきたら、ぜひ、もう一度〇行現場に戻ってきて、一緒に食事でもしような、と。興味や下心などではなく、純粋にこんな泥棒さんにお会いたくて、メールした。そして、この3万は、わが棚田の谷に新たに頂いた畑のイノシシ除けの鉄柵を買うために使わせてい頂いくことも伝えた。
思えば、私は親父の草刈り機を何の手間も掛けずに三万で売って、猪柵も五十枚を買えて、今その柵の中の一反ほどの畑では、じゃがいもとさつまいもとオクラと大豆が、育っている。矢部君が盗ってくれなかったら、この展開はないし、我が『棚田物語』に、心温まるエピソードも添えられなかったし。本当に感謝しかない。
まことに「こんな泥棒さんなら、また来てな」だ。
そして、更なるオチは、盗られたことを叔父たちにも報告していたので、九月の終わりに倉庫で作業に携わっていた一人の叔父が責任を感じて、ゼノアと同程度の性能の草刈り機を使ってくれと置いて行ったことだ。
私の幸せのために、まことに、まことに、
「こんな泥棒さんなら、また来てな!」

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