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ブータン旅行記 第5章 虎の巣への道程

その朝の私は気合が入っていた。
今日は今回の旅行の目玉、タクツァン僧院までのトレッキングへ行くのだ。
タクツァン僧院は、パロの中心部から少し車で走ったところにある山の絶壁にへばりつくようにして建っている。
一体どうしてそんな所に建てる必要があったのかというような場所。
僧院までは往復5時間のトレッキング、難易度2の行程であるとガイドブックには書いてある。
難易度2なら、まあ大丈夫だろう・・・か。

7時半には出発するので、いつもより早めに朝食をとる。
他の宿泊客もだいたい目的地は同じらしく、みんな早起きをして、朝ごはんを食べつつガイドから今日のトレッキングの説明を受けていた。
予定より食べ過ぎてしまい(こっちに来てから食べる量が確実に増えている)、おなかをさすりながら部屋に戻る途中で、白人の若者客を連れたガイドさんに話しかけられた。
30代半ばくらいだろうか。
坊主頭ですごく渋い声の彼は英語も流暢だ。
君もタクツァンに行くのかと聞かれたのでそうだと答えると、じゃあ向こうで会おう、とさわやかに言われた。
なんか・・・かっこいいなぁ。

支度を整えてフロントに行くと、サンゲがぼやっとした顔で「イキマショ~」と言う。
うちのガイドは早起きが苦手らしく、今日はえらく覇気がない。
「眠いの?」と聞いたら、
「タクツァンの日はシンドイですね。でも・・・ダイジョブデス!」
あったり前だろ。
お前、私より10歳も若いんだから弱音なんて吐かせないぜ。
もし私が途中でへばったら、おんぶしてもらう可能性だってあるんだし。

車で20分ほどで、登山口の駐車場に着いた。
見上げると、タクツァン僧院ははるか高い絶壁にひっかかるように建っている。
あそこまで行くのかぁ・・・。
怖気づきそうになるが、二人がいてくれるからきっと大丈夫だ。
よし、がんばるぞ!と気合をいれたところで、サンゲが

「バッグ、持ちます」

まじでーっ!!持ってくれるのー?!
遠慮なくお言葉に甘えてショルダーバッグを渡し、手ぶらで歩く。
キンガさんが先導してくれて、サンゲは私のすぐ前を歩き、途中、足場の悪いところに来るとさっと手を引いて助けてくれる。
おお、なんて至れり尽くせりなんだ!
トレッキングをしながらも、気分は姫である。

やがて日差しがきつくなってきた。
サンゲが「傘、持ってキマシタカ?」と聞く。
うん、お天気が微妙だったから持ってきたけど?
「暑いカラ使って下さい」
あ、そのための傘だったんだ。
そういえばブータンでは、日傘代わりに雨傘をさして歩いている人をたくさん見る。
天気の移り変わりが激しいから、いちいち使い分けていられないのかな。
折り畳みの雨傘をさして、てくてく歩く。
先を行くキンガさんは、おもしろいものを見つけるたびに、あやしげな日本語と英語で知らせてくれる。
が、正直、私は歩くだけで精一杯である。
話に参加しながらも、ぜいぜいと息が切れていく。
汗もだらだら出る。
ペースが遅いんじゃないかと気になったけど、無理はよくないと思い、自分のペースで行く。
二人はさすがに慣れている様子だ。
キンガさんなんて息も切れてないし汗もかかない。
汗だくの私を見てサンゲが言った。

「アブラがたくさん出てマスネ」

あ、油だとう?!仮にも年頃の女子に向かって失敬な!と思わず憤りを見せたが、どうやらブータンでは汗のことを油(脂?)と表現するらしいのだ。言われてみれば、納得なような、何か腑に落ちないような・・・。
「油がいっぱい出たら、集めて夕食に使いマショウ」とサンゲはニヤニヤしている。
いやー。そんなん、いやーっ。 

あそこまで、なんとか、たどり着くのだ。


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