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ブータン旅行記 第2章 ミンカホームの思い出

「今日はミンカホームに行きまショー!」
サンゲが陽気に言った。
私は脳内で反芻する。ミンカホーム・・・?
今日は確か、プナカという町に移動し、お寺やゾンを見て回って、夜はホームステイする予定だが・・・あ。
頭の中で「ミンカ=民家」の式が出来上がった。
なるほどね。
言葉の響きがおもしろかったので、私は訂正もせずに、行きましょーと答えてしまった。
悪いお客の例である。

プナカは、かつてブータンの首都だった町である。
が、それはブータンが急速に発展し始めるずっと前の話なので、今ものんびりとした田舎といった風情がある。
あたり一面に広がる田んぼでは緑の稲がさわさわと風に揺れ、遠くの丘の上にあるお寺にお参りする人々が、ゆっくりと歩いていく。
牧歌的風景とはこのことだ。
ぼんやりとこの景色を眺めているだけで、涙が出るほど幸せな気分になる。
ブータンって不思議な国だな。

田んぼのあぜ道をてくてく歩き、数軒の家が寄り添って建っているところに着くと、その中の一軒から、やせて日に焼けたおじさんがニコニコしながら出てきた。
今日はこのおじさんのお家に泊めていただくのだ。
おじさんはゾンカ語しかしゃべれないので、私とのコミュニケーションはジェスチャーのみ。
それでもなんとなく伝わるのだからおもしろいなあ。


キンガさんがずっと私の荷物を運んでくれていた。


おうちは3階建て。でかい。


運がいいのか悪いのか、他の家族はみんなティンプーに行っているときで、おじさんは家で一人お留守番をしていた。
おじさんは、コーヒーという名の白く濁った激甘飲料と、しけったクラッカーと、奥さん手作りのお菓子(パイ生地を小さく切ってひねって揚げたみたいな感じのもので、同じくしけっていた)を出してくれた。

おじさんは50歳半ばくらいかと思ったが、聞いてみると64歳だった。
お嫁さんは16歳下で、子どもは5人いて、しかも末の子はまだ幼いというからすごい。
だから若く見えるのかー、と納得した。
おじさんは目が大きくてキラキラしてて、言葉は全く通じなかったけど、すごく気を使ってくれているのがわかって、私は本当にうれしかった。
おじさんとサンゲやキンガさんのやりとりもほほえましかった。
なんだか二人とも、おじさんの息子みたいにせっせと家事を手伝っていた。
あったかいなぁ。

ブータンの家は3階建てのものが多い。
1階に玄関とトイレ、シャワー、倉庫などがあり、2階が居住空間、3階が仏間だ。
靴は2階の部屋に入るところで脱いで、部屋の中では床に座って生活する。
日本と違うのは、座布団的なものが長方形になっており、3~4人が並んで座る感じになっていることだ。
そしてさすが仏教国、仏間がなかなかすごいのである。
私もおじさんの家の仏間を見せてもらったが、あまりの立派さに驚いた。
8畳くらいの部屋に立て付けられた祭壇には仏像とゴージャスな飾りつけ。
壁中に貼られた神様たちの絵。
お寺をそのまま縮小した感じのめちゃくちゃ立派なものなのだ。
信仰が日常に根付いているとはこういうことを言うのだなと、身をもって知った。
町の人たちは毎朝仏壇の前でお経を唱える。
お花を飾り、水を取り替え、仏様に祈る。
特別なことでもなんでもなく、それがこの国では当たり前のことなのだ。
日々を感謝して生きる。
また少し、ブータンが好きになった。


どの家も3階はこうなっているのだと思うと、改めてすごい。


晩ごはんの支度を手伝おうとしたが、みんなが座って待ってろと言うので、おとなしくお茶を飲みながら、男3人が立ち働くのを見ていた。
こうしてみると本当に3人は親子みたいだ。
やがて、お米、ジャガイモをチーズで煮込んだもの、豚肉、スナップエンドウみたいのの炒め煮といった料理が台所の床に並んだ。
ブータンの家庭では、食事の時はみんな床に輪になって座るのだ。
真ん中に大皿や鍋がどんと並び、各自、自分の皿に好きなものを好きなだけ取って食べる。

料理はどれもおいしかった。
辛いメニューは出なかった。
トウガラシがザルに山盛りになっているのを見たから覚悟してたんだけど、気を使ってくれたのだろうか。
4人で車座になって食べる。
キンガとおじさんは手で直接、サンゲはここでもやっぱりフォークやスプーンを使っていた。
もっと食えもっと食えと言われ続けて、かなりの量を食べたのだが、それ以上に、お酒が!!

おじさんがお酒を飲むかと聞いてくれたので、それはぜひ一杯とお願いしたのだ。
すると、使い終わった液体洗剤みたいな緑色の薄汚れた容器が出てきた。
米と麦で作った自家製のものだという。
うおおー、熟成されてそう・・・。
試しに一口飲んで見ると、めっちゃ強い!!
泡盛くらいはありそうな感じ。
手作りだからなのか味にムラがあるし、私はお酒はかなり弱い方であるので、素直においしいとは思えなかったのだが、でもなんか癖になる。
杯になみなみと注がれたお酒を、なんだかんだで飲み干してしまった。
いたれりつくせりなおもてなしに、私はすっかりご満悦で、ありがとーありがとーと言いながら、へらへら笑っていた。


台所はこんな感じ。シンプルな空間でこそ、おいしいものが作られるのかもしれない。


それからリビングに移動して、みんなでテレビを見ながら、まったり話した。
私はテレビを持っていないので、ブータンに普通に電化製品が普及しているのを見ると妙な気分になる。
そういえば、サンゲの携帯がiPhoneなのもちょっとびっくりした。
私はいまだ折り畳み式なのだが・・・。
iPhoneといえば、サンゲは日本の歌をいくつかストックしていて、移動中や散歩のとき、コレ知ってマスカ?と言って聴かせてくれた。
そのチョイスが松田聖子とか竹内まりやとかだったのがえらくおもしろかった。
まったりした歌謡曲風味な選曲は、ブータン人の好みなのか、それとも彼個人の嗜好なのだろうか。

サッカーの試合を見ながらメッシはすごいねえと感動しつつ、いつものようにアホ話で盛り上がりながら、私の頭はほわほわしていた。
おじさんの目はちょっと暗いリビングの中でもキラキラ光ってる。
本当に澄んできれいな瞳だ。
そういえばブータンの人ってみんな、こういう目をしているな。
こんなに澄んだ瞳なら、見える景色も違うのかな。

眠たくなったので、サンゲに連れられて、へろへろしながら泊めてもらう部屋に行くと、いつの間にか布団が敷かれていた。
ああステキ。
ウェットティッシュで体を拭くと、そのまま布団に倒れ込んで、私は深い夢の中へと落ちていった。
 
 
 
ブータンの印象、やっぱり強くない。なるほどーって感じ。
ここにいると、普段の自分がいかに潔癖で神経質で、
枠にはまりきった小さい奴か思い知る。
生きるってことはもっとずっとシンプルなはずなのに。
この国の人たちは、毎日畑を耕し、働き、ごはんを作って、食べて、寝て、
誰かと話して、笑って、
本当にただそれだけを繰り返している。
それでいいはずなのだ。本来、生きるとはそういうこと。
自分に何ができるだろうか、なんて考える必要ない。
大体、何様のつもりなのだ。自分の生きる意味なんて。
自分の人生をもっとよくしたいなんて。
ごちゃごちゃ考えてないで、食えよ、寝ろよ、笑えよ。それだけなんだよ。
それ以上、何の意味があるってんだよ。
神様にでもなったつもりなのか?

カレンダーの数字の並びがおもしろかった。







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