連載小説 『一人語り』(改訂版)・其の三

まあ、今お話ししたみたいな下地の上に、祖母の介護の大騒ぎに再就職、
それに祖母が亡くなってからは一層…。

少し落ち着いて、やっと何とか一人で生活して行ける目途が立ったと思ったら、今度はあの事件でしたから。


私、病院の先生や、それに小宮先生、あと後藤さんからも、

あの事件はもう過去のこと、
曲がりなりにも済んでしまったことなんだから、無不必要に掘り返すもんじゃない、

特にマスコミ経由の情報は止めておけ、私の傷が一層大きく深くなるだけだから、って…。


幸いなことに…って言うか、何と言いますか、

少なくとも当分の間は、
こうやってこの家に引き籠っていても、
私は誰からも文句を言われない身分…って言うか、そういう立場にいますから。

まあ、…正直、好きでそうなった訳じゃないですし、
もし「うらやましい、良い御身分」だなんて言われたら、正直、絶対に腹が立つと思いますけれど。


あの、…これは凄く不遜な物言いかも知れませんけれど、
私、基本的に、世間の人にどう思われようと、別に構わないんです。


そりゃあ、…それこそ、お仕事柄の都合上
「世間に大きく顔の売れてる」身の上の方だったら、
或いは死活問題になるのかも知れませんけれども、

私は、まあ、…言ってみれば
「事件がきっかけで、世間に存在を知られてしまった」人間ですし。


だから、…正直、自分と直接関わりのない人が、私のことをどう思っていようと、
実際の自分の生活に差し支えるとか、差し障りがあるとか、そういうことさえなければ、私の方は別に大した問題とは思ってませんから。


ええ、確かにそれは、あまり愉快では、…って言うより、はっきり不愉快ですし、

実際には色々、…腹の立つことも、それに、…本当に色々な意味で、心底落ち込むことだって、いくらもありますし、


それに、少なくとも他人の前では、
いつ如何なる時でも弱味を見せないように、
必要以上に胸張って、肩をそびやかして生きて行かなくちゃいけませんから、
少し、いえ、…実は相当疲れますけれども。


でも、そもそも、他人がお腹の中で思ってることなんか、知ったところでどうにもできませんから。

いちいち、他人の頭の中身のことで目くじら立てて、訂正して回ってたら、
憲法で言うところの「思想・信条の自由」の問題になっちゃいますし、

それに、正直、こちらの生命にしても、本当に幾つあったって足りませんし。


ただ、…実際に何か言われたりされたりして、
自分の身の上や、それから、…自分にとって大事な相手に対して危険や害になる、と判断したその時には、
全力を以って叩き潰せば、と…。


いえ、…これはそっくり祖母の言い種の真似っこなんですけれども。
……ね、お祖母ちゃん?


とにかく、…「世間の人」がどう思おうと、
それこそ、私の大切な、
…少なくとも、私が大事に思ってる相手が、私のことを大きく誤解してさえいなければ、
私としては、それで全然問題はないんです。


ああ、やっぱりお気に障りました?

でも、…そうとでも思ってなければ、私みたいな「立場」の人間は、
「生きてこの世に存在すること」それ自体が、
それこそ、ただ呼吸をすることでさえも、どうにも辛くてやってられないんです。

いえ…これは全然、
希死念慮とか、そういう物騒なモノなんかじゃなくて、
本当に、…今はただ単純に、ひたすら大儀でしんどいんです。

それこそ、「呼吸なんか、止めて構わないものなら止めてしまいたいくらいに面倒」…っていう。


ええ、…仰る通りです。

あんまり色々なことがあり過ぎて、正直…すごく疲れました。
多分、今服んでるお薬の影響もあるとは思いますけれども。

ええ、今も通院と服薬を。
お陰様で、何とかそれで眠れてますし、取り敢えず、…どうにかこうにかですけれども、生きて行かれます。


ええと、…ですから、私の考えが捻くれてるって、そのことを正そうとお思いなら、


え、…違う…?


私の考えには、ジャーナリズムの観点からは多少は言いたいこともないわけじゃないけれど、
それは、それこそ個人の思想・信条に関わることだから、取り敢えず一旦脇に置いておくとして、

まず第一に、あの一件において、
あんな状況から、ともかくも生還した、私という人間に、純粋に興味がある?

だからこそ、私の話を聞きたい…ん、ですか?

……ええ…?

ご自分の興味を第一に優先した取材だから、
もし私の気が進まないなら、今すぐこの場で断っても構わない…?

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