裁判傍聴 覚醒剤取締法違反

 裁判傍聴をしていると覚せい剤取締法違反という罪状をよく見る。
 普通に生きていると覚醒剤なんてニュースとネット、あとは映画や小説といった創作でしか見ることのない存在だ。
 そう思うと芸能人とかと同じ様なメディア越しでしか出会うことのない存在だがその裁判件数を見ると案外目につかないだけでその辺に転がっているものだと感じる。芸能人もお東京ではちらほら見かけるらしいのでそういう意味では同じかもしれない。
 なんだが並行世界が直ぐそばに存在しているような不思議な気持ちになる。
 
 
 法廷に現れた男が着た「just do it」とフロントに大きく書かれた白のTシャツの裾からは和彫りが見えている。
 覚醒剤で逮捕された男が着ているTシャツにしては出来すぎている。このチョイスは偶然か、メッセージか。これが差し入れだとしたらセンスが有る。法廷に現れる人々の多くが持つ服の絶妙なセンスはどこから来るのだろう。専属の衣装デザイナーでもついているのではないか、と思えてくる。

 40代くらいの男は、浅黒い肌に短く刈り上げられた髪の毛に肌の色は健康的な日焼けというよりも内蔵のダメージを感じさせるような不健康な黒さに感じられた。 
 証言台に立たされる被告人は主に3パターンに分けられる。妙に堂々としておりハキハキと答えるパワータイプ。うつむいてモソモソと喋る日陰者タイプ。謎のテンションの乱高下を見せる奇行種。男はパワータイプであった。それも勢いで乗り切ろうとする様な素振りは見せない場数を踏んでいる”ナメられたら終わり”という価値観を持っているタイプだ。確かにナメられた終わりだがこの状況下でもそのスタンスを貫けるのは凄い。
 言っていることは支離滅裂でも堂々と背筋を伸ばしてハキハキと答える様には貫禄のようなものすら感じられる。
 
 男は田舎の大通りにありがちな怪しい「DVD試写」と書かれているタイプのマンガ喫茶的な店で覚醒剤を使用。駐車場で職務質問を受け、覚醒剤と注射器を所持していたことで現行犯逮捕された。
 覚醒剤は19歳の頃初めて使用した。それから23歳頃まで週に一回程度と、どんどん頻度が増えていったという。ガサ入れが入ったことと彼女が出来て結婚した事を機に辞めていたが子供が大きくなったこととフラッシュバックが起きたこと。また、仕事がなくこれを機に転職をしようとしていたがそれが上手くいかなかったというストレスから再び覚醒剤を使用した。
 始めたきっかけは興味本位だったと語った。興味本位でもそれに手を出せる環境にあったというのは彼の暮らすコミュニティによる要因が大きい様に思える。
 私の暮らしていた環境では覚醒剤はそう簡単に手に入るものではなかった。脱法ハーブなら話を持ちかけられた事があったが当時の私の自由に使える金銭と比べてあまりにも高価過ぎたことと本当に効き目があるのかどうかという疑問が湧いたので結局買わなかったが、それでも覚醒剤となるとスケールが違う。
 
 覚醒剤はイラン人の売人から購入したという。私の住む地域で覚醒剤取締法違反の裁判を傍聴しているとよく耳にするイラン人の売人。先日、ニュースでイラン人の売人が逮捕されていた。それもよく聞く取引場所で売買していたという情報付きである。こういう繋がりを俯瞰してみるとなんだかちょっとした面白みがある。それについて気になって調べてみたところそういう密売グループがあるらしい。すごい。
 
 弁護人質問では「今後使わない為にどうしますか?」という質問に対して「家族に相談します」と胸を張って答えていた。
 夜、同居している長女と彼が食卓を囲みながら「なぁ、またフラッシュバックして覚醒剤やりたくなったんだよね」と肉じゃがかなんかを食べながら相談する姿を想像してみる。「そうなの。それは大変ね」なんて長女もかえしたりして。
 馬鹿馬鹿しいにも程がある。そんなことよりも必要なのは病院での治療とカウンセリングである。ど素人で身内の娘に相談した所でなんの解決にもならない。なんなら悪化しそうだ。
 また、通院の意志があるという男の供述に対して裁判官からは「通院の予約はしてありますか?」という質問が投げられた。それに対し、男はまた堂々と「いえ、まだです」と答える。一応具体的な病院名は出たので調べてはいるようだ。しかしながら詰めが甘い。裁判官も冷たく鼻で笑う。
 堂々と答える様が逆に痛々しい。
 
 検察側としては容易に入手できる環境にあること、初犯だが以前から使用していたという事実を踏まえ、懲役1年6ヶ月を求刑。
 それに対し弁護側としては監督者がいること、常習性はなく所持していた量も個人使用の域をでないこと、依存性も弱いという点も踏まえ執行猶予付きが妥当であるとの主張。
 覚醒剤を筆頭に薬物は再犯が多い。なんだか先は知れている気がする。
 
 彼が覚醒剤をやめられなかった理由の一つに「やっている最中は何も考えなくていいから」というものがあった。
 
 彼も厳ついナリをしながら孤独なのだろう。
 
 無教養だったりお脳に何かしらの”ギフト”がある人間は自分の悩みだった感情を言語化してアウトプットする事が苦手な事が多い。
 それでも多くの人はそれによって溜まるフラストレーションをを趣味や仲間内での遊びなんかで発散したりする。
 しかしそういった健全な発散の仕方が出来ずにクラブで騒いだり、性交渉などに没頭することで晴らす人も少なくない。最近世間で話題になったトー横、ドン横キッズたちもそれと近いものがあるのだろう。
 その発散方法の違いはやはりその人の暮らす環境によるものが大きい。孤独な人間こそ歪んだ形での人との繋がりに固執してドツボにハマっていく傾向にある様に感じる。
 今回の彼はたまたまその手法が覚醒剤だったというだけだろう。そう思うと予備軍の様な人間は少なくないのかもしれない。
 
 皆、絶妙なバランスの上に生きてるのだろう。私も含めて。

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