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SS【かさくるま】#シロクマ文芸部

小牧幸助さんの企画「風車」に参加させていただきます☆

【かさくるま】(1545文字)


 風車かざぐるまを作ってやったら、息子は喜んで走っていった。昼下がりの公園は人がいなくて静かだ。人付き合いの苦手な私は、いつもこれくらいの時間に子どもを連れてくる。
 しかし、走り回る子どもをベンチからぼんやりと見ていたら、急に話しかけられた。

「かさくるま、いいてすねぇ」
 いつの間に来たのやら、一人のおじさんが隣に座っている。私は身を固くした。しかも、なに?かさくるま?
「え?あの……」
「お子さんもかわいいてす」
 てす?……もしかして、濁点は発声できない人?前歯がないとか……。へんな人じゃないといいけど、面倒くさいな……。
「ありがとうございます」
 私は息子を褒めてもらった手前、とりあえず礼を言った。
 おじさんはぽっちゃりと太って色白で髪が薄い。年は六十前後だろうか。ゆったりと微笑して悪い人ではなさそうに見える。
「ありかとうって、さんねんなことはてすけれと」
 ええと、やや沈んだ口調から推察するに、『ありがとうって、残念な言葉ですけれど』と言ったのかしら。
「そう……ですか?なぜでしょう」
 私は慎重に聞き返した。
「おはよう、こんにちは、さようなら。これらには、たくてんはありません。へいわなおとてす」
「平和な音、ですか。濁点の音がお嫌いなのかしら。すると『こんばんは』も残念ですね」
 やっぱりと思った私は、やや慎重さを欠いて勢い込んで聞いてしまった。
「そうなんてす」
 おじさんはゆったりした風情を崩さないまま、心底残念そうな顔をしてうなずいた。
「わたしは、とけとけしたおとはきらいなのてす」
「濁点が付くと、トゲトゲしているように感じるんですね」
「はい」
「すみません。私は使ってしまって…」
 私はできるだけ濁点を避けて言った。
「いいのてすよ。あなたはやさしい方てすね」
 やさしいの、かな……。おじさんのことを面倒くさく思ってしまったのに。私はいつも人を遠ざけたがっているのに。
 おじさんは息子の方を微笑みながら眺めている。膝の上に置かれたぽっちゃりした手は、大福餅みたいに見える。ふわふわと風になびく白髪混じりの薄い毛もやわらかそうだ。
「……かさくるま、って言うと傘がコロコロ転がってるみたい…てすね」
 あ、語尾がおじさんに迎合してしまった。頬が熱くなる。しかし、おじさんは私の方を見て、ふふふと柔らかく笑った。
「むりしなくていいのてすよ。たしかに、かさコロコロてすねぇ」
 静かな昼下がりの公園で、なんて意味のない会話をしているのだろう。
 でも私は次第に力が抜けてきて、緊張がほぐれていることに気づいていた。おじさんのやわらかい風情と、平和な音のせいだろうか。隣にいて緊張せずにいられる人なんて、息子以外誰もいないと思っていた。夫でさえ、私は遠ざけてしまったのに……。

 その時、息子が私の方に駆け戻ってきた。
「おじちゃん、ママのおともだち?」
 幼い息子は屈託なく、ニコニコとおじさんの方を見る。
「さっき、おともたちになったんたよ」
 おじさんはやわらかく答えた。お友達になったのか……。息子は濁点がないことは気にならない様子でおじさんに風車を差し出した。
「まわしてもいいよ」
「ありかとう」

 おじさんは、風車をふうっと吹いた。
 かさくるまはクルクルと回った。息子はおじさんと私の間にちょこんと腰かけて言った。
「ぽくもおともたちになったよね」
 私はびっくりした。濁点を使わないルールに気づいたのだろうか?おじさんはうんうんとうれしそうにうなずいている。

 息子は、足をぷらぷらさせながら勝手な節をつけて歌う。
「かさくるまー、かさくるまー、くるくるまわるー」
 おじさんはまた、ふぅと吹く。
 くるくるくるくる、まわるまわる、かさくるま。

 それをみているうちに……
 わたしのこころはソフトクリームみたいにやわらかくとけていく。

 くるくる、くるくる……。かさくるまぁるく。


おわり


© 2024/4/14 ikue.m

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