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NHKのど自慢大会の予選にのぞんだ日

幼き頃、日曜日のお昼は、ごはんを食べながらのど自慢をみるのが当たり前だった。

チャンネル権は祖母にあったので、見たくて見ていたわけではない。

ただ流れていたから見ていただけ。

祖母も父親も歌うことが好きで、父親は地元のカラオケ大会によく出場していた。

当時は家族がカラオケ大会に出場していること自体恥ずかしかった。

近所の人や友達から「お父さん、歌上手だね」とか「お父さん出てたね!」なんて言われる度にどう答えていいのか分からず、顔が引きつっていたことだろう。

自分の家族がイベント事で目立っているのがとても嫌だったくせに、自分も目立ちたいという厄介な性格。

祖母が亡くなってからチャンネル権は手に入れたのだが、日曜日のお昼はなんとなくのど自慢を見たくなっていた。

父親のように地元のカラオケ大会に出たいと思ったことはなかったが、のど自慢を見ていると私もテレビに出て歌ってみたいという気持ちが芽生えていた。

小学生の頃からそういう性格だった。

自慢大会という全校生徒の前で自慢をただ披露するという大会にも出場した経験がある。

私のような目立ちたがり屋の人種は、○○大会というイベントごとに食いつきやすい。

NHKのど自慢も目立ちたがり屋の集まりだ。

気づけば地元で開催されるのど自慢がいつなのか日程を調べていた。

応募ハガキには、応募の理由や選曲理由を書かなければならない。

あとあと知ったことだが応募者全員が予選に参加できるというわけではなかった。

応募者全員の中から、さらにふるいをかけられる一次審査のようなものがあるらしい。

選曲に悩んだが、父親がよくカラオケ大会で歌っていた吉幾三の「酔歌」を歌うことにした。

その方が応募理由や選曲理由が書きやすいし、ストーリー性があって選ばれやすいだろうというたくらみがあったからだ。

自分の十八番には何の思い出も背景もない。

一次審査に通るためには父親の十八番、吉幾三でいくしかない。

家の中で嫌というほど聴かされていた曲だったので、歌詞も音程も全て完璧に覚えていたが、ちゃんと歌ったことはなかったので、何度も歌の練習をした。

予選を通過し、本番のステージ上で歌っている自分をイメージしながら練習した。

合格の鐘の音が軽やかに鳴り、喜びを隠せない様子の私にインタビューしている小田切千アナウンサーの映像までもしっかりとイメトレしていた。

そして予選当日。

予選は本番である放送日の前日に行われ、本番と同じ会場で行われた。

実際の生バンドで次から次に応募者がステージ上で歌っていく。

200人弱はいたのだろうか。

けっこうな人数なので1人あたり、30秒ほどの時間しか歌えなかったと思う。

予選とはいえ、実際にステージに立って生バンドの演奏で歌い、小田切千アナウンサーもいらっしゃったので、とても緊張したのを覚えている。

あれだけたくさん練習したのに思うように歌えず、ずっと声が震えていた。

参加者全員すべて歌い終わり、結果発表の時がきた。

私の番号は無念にも呼ばれなかった。

落胆した。

あれだけイメトレしたのに。

合格の鐘の音が鳴るはずだったのに。

何がいけなかったのだろうか。

のど自慢はあくまでも素人が歌う番組なので、歌唱力はそれほど問われないだろうと勝手に分析をしていた。

自分をうまく表現できていなかったからだろうか。

声量の問題だろうか。

いくら反省しても明日の本番には出場することはできない。

ここで落ち込んでいても仕方ない。

また挑戦すればいい。

そう前向きにとらえ、私はまた次ののど自慢にもでることを決意していた。

どれだけ出たいんだ。

どれだけのど自慢にこだわるんだ。

そして、翌年開催されたのど自慢の予選にも応募し出場したのだが、またもや予選落ちとなった。

家族が人前で目立っているのがあれだけ恥ずかしいと思っていたくせに。

もっと恥ずかしいことを自ら率先してやっているではないか。


あの時、出たくてしょうがないと思っていたのど自慢にはいまだ出場できていない。

3度目のチャレンジをする日は未定である。

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