見出し画像

ミスドの10個セットを全部一人で食べたい

ミスドの10個セットを一人で食べきりたい
という狂気に陥ったことがある。

私が専門学生の時だ。

生活費、家賃、学費は全て親が出してくれて
いたので、できる限り節約につとめていた。

食事も毎食作り、外食やコンビニ弁当、
ファーストフードなどにお金は使わず、
質素な食生活を送っていた。

その反動からだろう。

テレビやCMでおいしそうな料理がでると、
食い入るように見ていた。

お金のことを気にせず、たくさんおいしいものが
食べたい。

いつも食べることばかり考えていたかもしれない。

質素な食生活で唯一楽しみにしていたのは、
かぼちゃの煮物だった。

毎日かぼちゃの煮物を作って、
おやつ代わりにしていた。

かぼちゃを食べすぎて、
顔が黄色いよ?と言われたほどだ。

そんな食生活も限界を迎えていた。

ミスドのCMを見るたびに、ドーナツが死ぬほど
食べたいという欲望にかられていた。

おやつはなるべく買わないようにしていたので、
甘いものに飢えていたのだろう。

1個ではなく10個セットを一人で食べてみたい
という狂気的な食欲。

ついに我慢ができなくなり、休みの日に買いに
行くことにした。

今日限りだから許して、
と誰に拝んでいるのかわからないまま、
近くのミスドまで出向いた。

いつも食い入るように、テレビで見ていた
ミスタードーナツ。

指をくわえて見ているしかなかったドーナツが、
今、目の前にたくさんある。

こんな贅沢なことはない。

はやく食べたいという気持ちを抑えきれず、
早々と10個セットを買い、家に帰った。

早速、ゆっくり丁寧に箱をあけていく。

あまい、ドーナツの香りが箱から解き放たれた。

いい香りだ。

きれいに10個並んだドーナツをしばらく
眺めたりもする。

本当はすぐに食べたいが、目と香りで楽しむという
食通がやるようなことをやってみたり。

いよいよ食べるときがやってきた。

一口一口、かみしめて味わう。

かぼちゃと比べものにならないほど美味しい。

いつのまにか、全部一人で食べたいという欲望から、
全部一人で食べなければならない、という使命感に
変わっていた。

3個目あたりから、もう十分に欲は満たされ、
味に飽きている。

唾液が全てドーナツに吸収され、
水分をこまめに摂取しているので腹も膨らんでいる。

しかし、10個も買ってしまったのだから
責任もって全て食べなければもったいない。

明日にでも食べればいいものを、
なにがなんでも今、全て食べなければならないという
強迫観念へと変わっていた。

おいしく味わうどころか、
自分との戦いになっている。

私は、自分と戦うフードファイターと化していた。

世界に名の知れたフードファイター、
小林尊を思い出している。

10分でホットドッグ69本、
8分でハンバーガー93個、
10分でソーセージ110本といった
数々の世界記録を持つ人物だ。

今、私が目の前にしているのはたった10個の
ドーナツ。

何と勝負をしているのだろうか。

頭の中はとにかく全て食べきらなければならない
という強迫観念で支配されている。

4個目を食べているあたりから、
座っているだけでしんどくなっていた。

もうだめだ・・・。

今日中に全て食べきることは無理かもしれない。

フードファイターと軽々しく言っていた自分が
恥ずかしい。

弱小フードファイター。

大食い王選手権、予選落ち、
フードファイターでもなんでもない。

ただの食いしん坊。

座っているのがしんどくなったので横になった。

なんとなく手首の脈を測ってみる。

感じたこともない脈の速さだ。

体が異常状態であると判断し、
自らドクターストップをかけていた。


ここにきてドーナツ10個食べるのをやめた。

いや、やめざるを得なかった。

ドクターストップがかかったのだから。

血糖値が爆上がりしていたのだろう。

少し横になることで症状は治まっていた。

何をしているのだろうか、一人で。

無論、ミスド10個セットを一人で食べたい
という狂気におかされることはもうない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?