ノベライズ「イキなりご主人様宣言一話」その4

「バカとは知ってたが、ここまでとは」

部長はため息をつきました。

「あの、部長、どうしてバイトがばれちゃったんですか? すごく不思議なんですけど……」

部長は私にチラシを突き出しました。

「マンションの郵便受けに入ってた」

なんとそのチラシにはメイド服姿の私の写真が。

『メイド喫茶、ぱふぱふ、驚異の新人春香で〜す。よろしくね』。

「私だ……でもこんな写真、撮ってない……」

「合成だろう。とりあえず、帰るぞ」

部長に握られた手を私は振り解きました。

「お願いです。見逃してください!」
「は?」

まさか抵抗されるとは思ってなかったみたいで、部長はすごく驚いています。

「副業違反はすみません。でも……バイトしなきゃ、借金は返せません」
「お前がこんな店、務まるわけないだろ」

部長はあっさりとそう言いました。

「そんなのやってみないとわからないじゃないですか」

私はむっとして、拳を握り締めました。

「部長は私のこといつも駄目駄目って言うけれど……研修では笑顔を褒められたんです。正直、制服よりメイド服の方が似合う気がするし……この仕事は私の天職になるかもって思ってるんです。いいえ、してみせます!」

言葉を重ねているうちに、熱い闘志が湧き上がってきました。

いつまでもダメOLじゃいられない……! 頑張って借金を返さなきゃ!

「なるほど。天職ねえ」

部長の目がキラリと光りました。

「お前、全然気がついてないの?」
「え?」
「よーく耳を澄ませてみろよ」

私は首をかしげながら、部長の言う通り周囲に耳をすませてみました。
するとびっくり。あちこちから、女の人の声が聞こえてきます。

苦しそうな、それでいてどこか気持ちよさそうな……。
よく……わからないんだけど、この声はもしかして、噂で聞く……。

戸惑っている私に、部長はチラシの裏側を見せました。

「ほらみろ」

メイド服をはだけた女の子が、男の人の上にまたがっています。
そしてその写真の顔も、私にすげ替えられていました。

「何これ……」

私はショックで言葉を失いました。
部長はすっかりあきれ顔です。

「ここは紛れもない風俗だよ。借金取りにはめられた仕事が、健全なわけないだろう」
「でも、みんな優しかったのに……」
「ったく、世間知らずだな。そんなだから岳にあっさり騙されるんだろ」

そう言われて私は、半年前のことを思い出していました。
呼び出された喫茶店で、絵美ちゃんはこう言ったのです。

「私、都内に雑貨の店を出したいんだ。土地は見つけたんだけど、保証人になってくれる人がいなくって銀行がお金を貸してくれないの……」
「私が保証人になってあげるよ! 夢をかなえて!」
「ありがとう。春香ちゃん、大好き!」

「大好き!」って私に言ったときの、嬉しそうな笑顔が今も頭の中に焼きついています。

(あの言葉が嘘だったなんて信じられない)

私は震えながら言いました。

「騙されただなんて……そんなことありません……絵美ちゃんは夢の途中なんです」
「お前、まだそんなこと言ってんの。ドMかよ」
「部長は冷たすぎますよ……」

私は部長をにらみつけました。

「この店は……確かに風俗だったかもしれないけど、絵美ちゃんは、私を騙したりしてない……きっと事情があったんです。絵美ちゃんは、部長なんかよりよっぽど優しくていい人ですから!」

部長の目の色が、はっきりと変わりました。

「よーくわかったよ。お前が天然の馬鹿だってことが」

氷のように冷たい眼差し。
私は言い過ぎたことに気がつき、慌てて謝ろうとしました。
でも、遅かったみたい。
主任は私の後をつなぐと上向かせ、恐ろしい言葉を囁きかけてきたのです。

「お前に社会の厳しさをきっちり教え込んでやる」

(叩かれる……?)

私は思わず身をすくませました。

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