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甘え方がわからない

継母、えいこさん(仮)と父が再婚したのは私の一言がきっかけだったと、
何年も経ってから言われた。
「お母さんが欲しい」
と、言ったそうな。覚えてないけど。

2度ほど、えいこさんとその娘さんと遊園地に遊びに行った。
えいこさんの作ったお弁当は美味しかったし、娘さんのみこちゃん(仮)も一緒に遊んでいて楽しかった。
久しぶりに父や祖母以外の人が作った食事は本当に美味しかった。
えいこさんといる父が嬉しそうで、きっと、えいこさんのことが好きなんだろうな、と子供ながらに感じていた。

父子家庭だった私は学校から帰ると、友達と遊ぶのもそこそこに、できる限り家事を手伝っていた。時々、祖母が来てくれるときは父が仕事で遅くなる時だった。
お母さん、ができると、私が家事から逃れられる。
そう、思ったのも事実だけれども、そのことは悟られないように必死だった。

えいこさんは時々うちに泊まりに来ていたようだった。いつもは自分で作らないといけない朝食が、作って置いてある時が何度かあった。
小学生の私は朝食を作らなくていいことがこんなにも幸せなことなのか、と感動した。いつも作ってくれてたらいいのに、と思った。
だから、きっと、
「お母さんが欲しい」
って言ったのだと思う。

程無くして、家に、えいこさんとみこちゃんと一緒に暮らすようになった。
家は狭く、みこちゃんと同じ部屋を使うことになった。
私は姉が出来たようで嬉しかった。
一緒に出かけたり、えいこさんと一緒のときはすごくやさしいみこちゃんだったが、親の目がない子ども部屋では無視されることが多くなった。
私があまりにもうるさかったのか、ウザかったのか、ある時
『あんたは知らないかもしれないけど、あんたの父親と母は不倫なのよ。私はね、夜逃げみたいに家出に連れてこられたの。母と父はね、離婚してないの。あんたの父親のせいだから。お父さん、なんて呼びたくもない。母を返してよ。私に話しかけないで。』
と、すごく冷たく拒絶された。
その日から、みこちゃんとはうまく話せなくなってしまった。

えいこさんと父が不倫だったのか、とかは、私にとってはどうでも良かった。美味しいご飯が用意されて、洗濯や掃除なんかも気にしないで友達と遊べるし、父がいつも機嫌がいい。
つべこべ言う祖母もほとんど顔を出さなくなった。

出会って、1年半くらいしてから、父とえいこさんは正式に再婚した。
新居に引っ越し、自分の部屋をもらった。みこちゃんとは別に。

母親が居ること、普通のことかもしれないけれど、私のココロの中は複雑だった。
継母の顔色を伺うことが増え始めた。
嫌われたくなかった。
怒られたくなかった。

甘え方がわからない。

えいこさんはピアノを購入してきた。
みこちゃんがピアノ教室に通っていて、自宅で練習できるように、と。
てっきり私も通えるのかと思ったが、そんな話は全く出てこなかった。
ピアノに触ろうとすると、
「出来ない人は触らないで。調律が狂っちゃうから」
と、にこやかに言われた。
「私も習いたい」
とは言えなかった。

えいこさんは時々、知り合いから安く譲ってもらった、と子供服を購入してきていた。
みこちゃんに合わせては
「はい、かわいい」
と、誇らしげだった。
「私の分は?」
とは言えなかった。

えいこさんは父に泣きついたらしい。父が部屋に入ってきて
「えいこさんが、お前にどう接したらいいか、わからないって言っている。
あまり困らせるんじゃない。」
と、言われた。
「私もどう接していいかわからない」
とは言えなかった。

それでも、住むところがあって、ご飯が食べれて、両親がそろっていることが何よりだった。「ふつうの」家族のようで、人の目を気にしないでいられることが、私には大事だった。

えいこさんに気に入られるように、ご飯は美味しい、美味しい、と言ってたくさん食べた。洗濯も手伝ったし、皿洗いも頑張った。誤ってお皿を割ってしまったときは泣いて謝った。
だけど、どうしても、甘え方がわからないのだ。
父がいるときは普通に会話ができるけれど、父がいないと、話すことがない。話しかけても、ほとんど無視される。
せっかく、家族ができても、私は、一人だった。
そうこうしながら月日は流れ、私は受験生になった。けれど、みこちゃんの時のように塾には通わせてはもらえなかった。
父に頼み込んでどうにか塾に通わせてはもらえるようになったけど、交通費とかはえいこさんにもらわないといけない。
そのうちにえいこさんが怒った。

「あんたは話しかけてきたと思ったら、『お金くれ』ってそれしか言わないのね。なに考えてるのかさっぱりわからない。みこのことは100%わかるけど、あんたのことは90%もわかんないわよ。私はあんたにお金あげるだけの人じゃないんですけど」

衝撃だった。
大人に攻撃されることが、怖かった。
怒鳴られて、視界が揺れた。涙が溢れてきた。
と、同時に、怒鳴られた記憶が脳裏をよぎった。

私、小さい頃、キョウコさんに怒られていたわ、怖かった。
そう、母親という存在は、私にとって恐怖だったんだ。

気がつくと自宅を飛び出していた。
自転車を漕ぎながら、泣いた。

甘え方がわからない。
居場所が、ない。


〜続く〜

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