見出し画像

「春立つフィンランド」2024年3月20日の日記

66-1

・約1週間に及ぶラップランドの旅から帰って来ると、トゥルクはすっかり春めいていた。
暗闇に包まれていた12月とは異なり、朝は太陽の光で目が覚めるし、18時を過ぎても真っ暗にならない。雪は溶けきって道がくっきり見える。積雪のためしばらく見ていなかった電動バイクも戻ってきた。

・それから4日後。

・部屋の窓から見下ろして笑ってしまうくらいの大雪が降った。
日照時間は徐々に延びているものの、振り出しに戻った感覚。
三寒四温とは言うが、フィンランドの冬はサウナのように、暖かさと寒さを繰り返している。

冬眠明けのリス


66-2

・今学期の授業もいよいよ折り返し。
フィンランドの大学は8月末~12月中旬、1月中旬~5月末の2学期に分かれていて、その中でも「春学期1」「春学期2」の区別がはっきりしている。
語学の授業は週2回、各学期を通して開講されることがほとんどだが、その他の授業は短期集中講義やオンラインで完結するもの、4~5回で終わるものが多い。

・わたしは春学期1ではフィンランド語とフィンランドの文学に関する授業を履修していて、春学期2ではフィンランド語を継続、そして北欧のジェンダー観に関する授業に登録した。

・どちらも週に2回の開講なので、月曜日はジェンダー、火曜日にフィンランド語、木曜日にフィンランド語とジェンダーという形で、わたしは現在週3回大学に通っている。

・この文章を読んでいる方の中には「え?少なくない?」と思われる方もいるかもしれない。正直、結構少ない方だと自負している。
理由としては休学中のためここでいくら単位を取っても換算されない、英語や教育学の授業が専門分野ではないため履修できない、通学に時間がかかるので6時30分頃に起床しなければいけない1限を避けた、などが挙げられる。

・履修登録期間は「こんなに少なくて大丈夫?」と思ってはいたものの、いざ始まってみると、どちらの授業もそこそこ課題が多く、それに加えて旅行や現地の人々やルームメイト、友人たちとの定期的な交流。
自分なりに立てた毎日英語の勉強やDuolingo、読書や軽い運動などの目標をこなしていると「時間がない」と焦ることの方が多い。

66-3

・フィンランド語の授業はますます難しくなってきている(毎回こう書いている気がしなくもない)。

・今学習しているのは古文の変格活用のような単元で、

最後の文字がeで終わる単語→eを1つ足す
最後の文字がnenで終わる単語→nenを消してseを足す
最後の文字がsiで終わる単語→seを消してdeを足す

などのルールがある上に、最後の文字がiで終わる単語に関してはパターンが3つもある。
途方に暮れてしまうのは3つのパターンの見分け方が「その単語が生まれた時代が古いか新しいか」で、暗記がほぼ不可能という点だ。

・フィンランドの人は当然、このような規則を意識せずに覚えてしまっているから、現地の学生に尋ねても「わたしたちもどうしてこうなっているのか分からない、でも何故か覚えているの」と半ば記憶喪失のような返事が来るばかり。

・だが、留学前「Moi」「Kiitos」などの挨拶さえ知らなかった状態から、今は「わたしは今朝家を出て学校に向かいました」くらいの文章は言えるようになっている。
せっかく留学しているんだし、話のネタくらいになればと安易に考えていた頃からするととんでもない成長ではないか。
今や、わたしの第3言語は確実にフィンランド語である。

今週の宿題

66-4

・ジェンダーの授業をかれこれ4回は受けているのだが、日本の大学と違うなぁと感じることが時々ある。

・講義の形態はそれほど変わらないのだが、授業中にほぼ必須と言えるくらい教授の質問をもとに周囲の学生と話し合う機会が組み込まれている。
ディスカッションという単語がスライドに無かったとしても、気になる言葉や共有したい考えがあれば挙手をする人がいる。

・最も差異を感じたのは、全員が何事に対しても意志を持っていることだ。
留学前もジェンダーの授業を受ける機会は何回かあったが、わたしの中では「フェミニズム」「トランスジェンダー」などの言葉は何となく言いにくく、声高に主張するような空気もなかった。

・しかし、第1回の授業で「周囲の人と会話してみよう。これまでにジェンダーにまつわる授業を受講した経験や、ジェンダーに関するアイデアがあれば共有しよう」という課題が提示された時、隣に座っていたルームメイトが「わたしはフェミニストで~」と話し出し、その内容よりも自然にそのような言葉を発言できるほどの考えを各々が持っていることに驚いた。

・フェミニズムというと、SNS上での過度な表現から「女性をより敬おう」的な言葉だと曖昧すぎる理解をしていたのだが、本来は「あらゆる性差別からの解放を目的にした運動」を指すらしい。

・「知らない」と「知っている」には大きな距離がある。
「知っている」と「意味を理解した上で主張する」には、さらに大きな差があると思う。

・わたしは正しい言葉を知らないまま、何となくその言葉を使うことを避けてきた自分を恥じた上で「日本では主張できんなぁ~」とも感じた。
わたしにとって主張とはその考えを背負ったまま歩くことで、たとえその思想に賛同する部分があっても、肩に乗せるにはあまりにも重く捉えてしまったからだ。

・カフェにはヴィーガンのメニューがあることが当たり前、バスの言語表示は公用語のフィンランド語とスウェーデン語。
ここにいると「生まれた国が違うのだから、思想なんて違って当然」と、強制しない諦念を感じる。どこまでいっても重なり合いはしない議論にやきもきする人もいれば、その諦めに自由を見出す人もいる。

66-5

・日本ではあまり馴染みがないが、3月末はイースターの時期だ。
イエス・キリストの復活を記念するこのお祭りは、フィンランドでは春の訪れを象徴する行事だという。
年越しの瞬間のように大々的なものではないが、授業の中にはイースター休暇があったり2月の中旬からスーパーでイースターエッグが販売を始めるなど、日に日に盛り上がりを見せつつある。

・わたしもいくつか食べてみた。
まず、ムーミンのイースターエッグを2つ。

・小さい方からはスナフキンが、大きい方からはムーミンのガールフレンド(スノークのおじょうさんと言うらしい)が出てきた。
小さい方は1ユーロ(約160円)、大きい方は3ユーロ(約480円)くらいで、サイズがやや異なる薄い卵型のチョコレートの中に袋に包まれたフィギュアが入っている。
価格的には小さい方がもちろんお得だが、フィギュア目的で購入するなら大きい方が満足度は高いと思う。

・ちなみに、ドイツやフランスではムーミンを知らない人の方が多い。
ルームメイトに「ムーミンの中で好きなキャラクターは?」と尋ねても「名前を知らない。ムーミンかそれ以外ということしか分からない」という衝撃的な答えが返って来る。
遠く離れた日本にムーミンパークがあるのかは一生の謎だ。

チューターが集めたムーミンの仲間たち
Mignon

・日本語サークルの学生たちがお勧めしていたのは、Mignonのチョコレート。価格も2ユーロ(約320円)と安くはないが、一般的なチョコレートよりも甘くて濃厚で、確かに美味しかった。

・見かけは本当の卵のようになっていて、机の角などで殻を割って食べる。人形は入っていないけど、中までチョコたっぷりだ。
4個セットで販売されているものは実際の卵ケースに詰められていて、チョコレート売り場でなければ間違って購入してしまいそうなほど似ている。

・また、イースターは子どもたちの行事でもあるそうで、当日は仮装をした子どもたちがススキのようなものを持って、

Virvon varvon Tuoreeks terveeks Tulevaks Vuodeks Vitsa sulle palkka murre

という、呪文のような言葉と引き換えに近隣の住民からキャンディやコーヒーをねだるそうだ。仮装も言葉も、何となくハロウィーンっぽい。

・他にも、イースターの日にしか食べられない伝統のお菓子、Mämmi(マンミ)もあり、その味に関してはサルミアッキと同じくらい賛否両論だそう。
サルミアッキは世界で最もまずい飴と言われる北欧の伝統菓子で、一度食べたもののひたすらに苦みしか感じられず、ギブアップした。
体感は嫌いな人の方が多いが、コーヒーを愛するフィンランドの人にとって好まれそうな味だとも思う。

Mämmi


66-6

・もはや準レギュラーでもある、市のプログラムで知り合ったおばあちゃんの家に久々にお邪魔した。
彼女は今週末にいよいよ日本へ出発するそうなので、次に会えるのは4月になってからだ。

・ラップランド旅行の話を写真を交えて振り返っていると「フィンランドは昔、スカートのような形の国だと言われていたのよ」と教えてくれた。
現在の画像ではそうは見えないが、右下の赤く塗られた土地(現在はロシアの領土となっている)は元々フィンランドの領地で、それを組み込んだ全体像がスカートが広がっているように見えるからだという。

・日本に観光するうえでの注意点について話していた時「日本はチップ制なの?」や「水道の水は飲める?」「マスクは着けた方がいい?」などの質問があり、当然かもしれないが圧倒的な前提の違いを感じた。
通貨も言語も時差もかけ離れているのに、何故か近い日本とフィンランド。

66-7

・初めは途方もないように思えた留学期間も、今や50日を切ってしまった。

・大学一年生の頃、上京したてのわたしにとっては何もかもが新鮮で、そこで暮らすこと自体が留学のように思えた。
しかし、二年生の春(もう辞めてしまったが)教職をきっかけに興味を持った教育学の授業で、フィンランドに出会った。

・留学に行くならフィンランドと思いながら、漠然と過ごした三年生の春。
そこで出会ったゼミ生の一人が春休みに留学をしていて、彼女の話を聞いているうちに「日本の常識とかけ離れた社会を体験してみたい」と強く願うようになった。
そして、英語のスコアが出願要件に満たず断念するなど紆余曲折ありながら、フィンランドへの休学留学を決めた。

・高校→大学→就職という普通の道からは逸れてしまったかもしれない。
だが、ここに来たからこそ「日本で働きたい」「帰国後は○○したい」と一つ一つの選択にきちんと理由がつけられている気がして、留学すると決断したことに関しては全く後悔していない。

・時間があることにかまけていたせいで、帰国後の計画はほとんど白紙だ。
休学明けまで3か月という膨大な時間があるのだから、ここで暮らしている時と同じくらい新鮮さに満ちた、充実した時間を過ごしたい。

・春めくフィンランドに期待と一抹の寂しさを感じながら、一日一日を過ごしている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?