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「歩いて結んだ人の縁」2024年2月7日の日記

60-1

・帰国まで残り約3か月、渡航してから半年が経った。
気温は3°から-15°(見たことがない数字すぎて笑えてくるが)を行ったり来たりしているものの、日照時間が目に見えて長くなった。起床時には空は明るいし、日の入りである午後5時も真っ暗というわけではない。
太陽が出ているかどうかで人の気分ってこんなに変わるんだ、と驚いた。

60-2

・2月5日はフィンランドの記念日の1つ「Runeberg's Day」だったらしく、中心街に青と白の国旗がはためく姿を見かけた。
記念日ごとに国旗を掲げるという風習があるからか、日本にいた時よりも記念日というものを強く意識している感覚がある。ここに滞在してから、記念日に国旗を見るのも3、4度目。
フィンランドは何かをお祝いするのが大好きな国なのだろうか。

萎びているけれど、🇫🇮の国旗が掲げられている

・この「Runeberg」という名はフィンランドで著名な詩人 J.L.Runeberg から由来している。国歌の作詞者でフィンランドの国民性を創った人として敬われている。
今でもその名残りから年に1度「Runeberg Prize」という文学賞が開催されている。芥川賞とか直木賞のようなものを想像してもらうと分かりやすいかも知れない。

・また、彼の妻であるFredrikaもジャーナリストとして活躍しており、彼女が作ったお菓子「Runebergin Torttu」を食べるという風習があるそうだ。

・そして、2週間ほど前はフィンランドの大統領選挙があった。
フィンランドの選挙は6年に1回と中々珍しい頻度だ。
1月後半に第1回選挙、1人の候補者に半数の票が集まらなかった場合は2月上旬に2回目の投票が催される。
候補者は10人から2人に絞られ、2回目の選挙がそろそろ、という頃である。

・驚くべきことに、両者共に母国語や出身国などのルーツがフィンランド以外にもある、言わば「純粋なフィンランド人」ではないらしく、そんな部分にフィンランドらしさを感じる。

・この国では1年に1回あるかないか程度のストライキが勃発したり(交通機関が1日運航を減らす程度で、暴力的なものではない)と、選挙への関心は(特に大人世代の)ひしひしと伝わってくる。

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・些細なきっかけではあるが、悪天候のため外出をなるべく避けていた自分を律し、1日30分散歩するようになった。
寮の周辺や中心街の分かれ道、図書館から教会までの道のりなど、その日の気分と予定で行き先を決めて、音楽を聴きながらひたすら歩くのみ。

・まだ4日ほどではあるが、散歩するようになって気づいたのは「自分って、歩くことが好きなんだな」ということだ。
そしてそれは、フィンランドの地面が面白いからかも知れない。

・雪が完全に溶けきった道から粉雪、雨と混ざった雪に氷が張ったスケートリンクのような地面まで、歩くときは前方下を見ながら、1歩1歩慎重に進まなければならない。
フィンランドには雪を表す言葉が100単語以上あると言われているように、同じ日だとしても場所によって地面の色、姿かたちも全く違う。

・聞き慣れた曲を履き慣れた靴で一定のペースで歩いていると、身体は動いているのに不思議と心が落ち着き、それまで忙しさに隠れていたことを思い出す妙な集中力が冴えてくる。

・何事にもゴールがあるが、散歩はただひたすらに足を動かすのみで、そんな「空白の時間」が、普段動かしている部分とは違うスイッチを押してくれているような心地がする。

60-4

・Netflixで「Holiday」という映画を見た。
失恋をした傷心中の若い女性2人が、互いの家をクリスマス休暇の間交換して生活するという話だ。
物語の起結は分かりやすいが、イギリスとアメリカの生活の差異が面白おかしく描写されていたり、2人を取り巻く人々の言葉選びがおしゃれで勉強になった。

・なかでもわたしのお気に入りの人物は映画監督のおじいちゃんだ。
彼のおかげで物語にアクセントが加わり、ただの「恋愛映画」で終わらないところが良い。

60-5

・なぜこの映画の話をしたかというと、つい昨日、先述したおじいちゃんをそのまま映したかのような経験豊かで理想とも言えるような方と話す機会があったからだ。

・わたしが暮らすトゥルク市には「Friendship Program」という、市の担当者が希望制で留学生と市民をマッチングさせ、文化交流を図る試みがある。
半年ごとに1回募集があり、わたしは前回このプログラムのおかげで、隣の大学の学生と知り合った。

・定期的に会っている人はいるけれど、チューターや日本語サークルの面々で、学生以外の知り合いはいない。
しかしこのプログラムでは、応募者は「学生」「シニア」「家族」「友達グループ」など、会ってみたい人の条件をある程度絞り込むことができる。

・そこで2回目となる今回は学生以外の欄にチェックを付けて結果を密かに楽しみにしていた。応募総数は300件を超えていたそうで、留学生の熱とそれに応えることのできる市民の語学力に感心してしまう。

・無事パートナーが見つかり、集合場所の大学棟へ。
長廊下にはフィンランドお馴染みのコーヒーマシンとシナモンロールが用意されていて、留学生側が自分の名前が書かれた札を持っている市民を探し、ようやく顔や名前を知るという形だ。

・少し緊張しながら向かうと、20人以上が待っている中で、真っ先に目に入った札に自分の名前が記載されていた。
2人目のパートナーはヒナ(仮名)さんという、62歳の老婦人だった。

・ヒナさんは白髪のショートヘアで、お母さんがロシア出身の方なのでロシアの苗字を持っている。
以前は夫と2人の娘がいたが、現在は週に数回ほど人との会話を楽しむためにレストランで働きながら、1人暮らしをしている。

・そして驚くべきことに、来月日本に1週間ほど観光目的で滞在する(⁉)そうだ。これまで訪れた国は50か国以上と、少し話すだけで優しいが芯のある、人生の豊かさがにじみ出ているような方だった。

・まるで世界の反対側にいるような者同士ではあるが、わたしが今課題として読んでいる洋書の作家さんに対面したことがあるなど、いざ話してみると止まらず、結果的に出会ってから2時間弱、ひたすら喋り倒した。

・フィンランドに関する少ない知識を、自身の有り余る経験で補ってくれるような本当に素敵な方で、またこの国の優しさに触れたような、じんわりと心のどこかが溶けてゆくような温もりをひしひしと感じた。
ここに来てからというもの、人に出会う「縁」が最高に良い。

・発音の仕方が分からないフィンランド語を教えてもらいながら、ブルーベリーのパイを一緒に作ることになった。
寮まで車で迎えに来てくれるらしい。
なんて素敵な行動力、そう思って「フィンランドの全ての人にありがとうと言いたい」と素直に言ったらめちゃめちゃ笑われた。

・洋書を読む講義が終わって、ラップランド(フィンランドの北部一帯を指す。オーロラが見えやすい)に行って、学期末のテストを受ければ、あっという間に留学が終わってしまう。
わたしはあと何回、フィンランドの人々の優しさに触れることが出来るだろう。シナモンロールを口にしたばかりのお腹が、期待でぐぅと鳴った。


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