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「折り合いの月」2024年2月27日の日記

63-1

・先週は、0℃を下回る日がいよいよ減ってきたけれど、曇り→霧→雨→雪の繰り返しで春の兆しは中々見えない毎日だった。

・霧になるとゲームの世界に迷い込んだかのように視界が悪くなり、向こうからやって来るバスを停めるのにも一苦労。
市街地を歩いている時「雹(ひょう)」にも遭遇。

・フィンランドには雪を表す表現が100種類以上あるというが、それも納得のバリエーションだ。
そんな悪天候にも負けず、先週はかなり人との交流を頑張った1週間だったので、自分自身のためにも時系列を追って整理しようと思う。

63-2

・火曜日は授業終わりに、市のプログラムで出会ったおばあちゃんと1時間半ほど雑談した。

・左のお菓子は季節のお菓子「Lakiaispulla」で、見た目からも分かる通りシュークリームのような味がする。いちごジャムやキャラメル、アーモンドを挟むなど選択肢がたくさんあって、食べている時の感覚はクレープっぽい。

・右の「Porkkana kakku(キャロットケーキ)」はおばあちゃんの娘さんの大好物らしい。
ご厚意に甘えて味見させてもらったけれど、想像以上に外国ならではの甘みたっぷりで自分には向いていない味だった。

・おばあちゃんとも日本の絵本を見てもらったのだが、華道や相撲、歌舞伎に関してはテレビ番組などで存在自体は知っていたらしく、逆にわたしの方が教えてもらうような場面もあった。
印象的だったのは和室にこたつを敷いて大家族が一家団欒する絵で、こたつで寝転がりながらみかんを食べる時間が至福のひと時なんだと話すと、羨ましがりながら聞いてくれた。

・日本から母が郵送してくれた仕送りの中から、お菓子(キットカット、きのこの山、たべっ子どうぶつ、パインアメ)を詰め合わせにして渡した。
たべっ子どうぶつの可愛らしいパッケージとパインアメのまろやかな味が特に気に入ったようなので、たべっ子どうぶつのチョコ版も紹介した。

・特に盛り上がったのは、わたしがこれまで滞在した中で見つけた「可愛いフィンランド語リスト」に関する話で、「Pumpulipuikko(プンプリプイッコ/綿棒)」が可愛いと主張するわたしにおばあちゃんは大笑い。

・横のテーブルに座っていたフィンランド人女性の2人組が、おばあちゃんと日本人学生の歪な組み合わせに興味を持ったのか話に加わり「Hattara(ハッタラ/わたがし)」「Pipo(ピポ/冬に被る帽子)」という新しい言葉を教えてくれた。

・こういう「見知らぬ人が会話に入ってくる」瞬間が、フィンランドでは多いと思う。誰でも乱入可能なカラオケルーム、カフェに来客した人が連れている犬を撫でたり、バスで反対の席に座っている子どもを笑わせようと目くばせをしているおばあちゃん。
そういう瞬間は、スマートフォンの画面に目を奪われていると見つけられない光景のように思えて、そんな幸せのきっかけを発見できた自分も褒めてあげたくなる。

63-3

・水曜日は、フィンランドの文学についての講義が最終回を迎えた。
いつもの講義形式ではなく「話の結末についてどう思うか」「この本が伝えたかったこと」など、先生が事前に用意した質問をもとに話し合う読書会のような時間だった。

・課題図書に関して、わたしが思うその本のメッセージは「たとえ役に立たないものだと思われてしまっても、後世に歴史を伝える大切さ」だった。

・主人公とその親友には信頼関係があったけれど、最終的にはそれを言葉にしなかったことですれ違いが生じてしまい、ハッピーエンドでもバッドエンドでもない曖昧な結末を迎える。
わたしはそれが理に適っていると感じたけれど、続きが気になってモヤモヤしてしまうという人もいたり、映画版では彼女たちの関係がまるで恋人同士のように描かれているという意見もあって面白かった。

・なかでも興味深かったのは、本の世界観に関する質問だ。
本の舞台は水の使用が政府によって制限されている世界で、水が豊富な日本とフィンランドで生活する自分からしてみると、中々想像しづらい。

・しかし、クラスメートのフランスからの留学生によると、フランスの一部地域では水の使用を制限しているらしく、本の中の世界は彼女にとって、かなり遠いが日常の延長線上ではあるという。

・他にも、わたしはフィンランドの地名や人名から勝手に本の舞台をフィンランドだと解釈していたが、ヨーロッパ圏に住む学生にとってはロシアの勢力が後退する代わりに中国の影響力が増し、国の位置も現在のような北欧ではなく中欧だと想像しながら読み進めていたらしい。
住み慣れた環境がそれぞれ違っているからこそ、予想外の角度からの意見が多く、充実した時間だった。

63-4

・日曜日は下の階に住むめいちゃん、ルームメイトのメアリーとその友人を呼んでおにぎりパーティーをした。

・具材はツナの缶詰とマヨネーズ、ソーセージ、サーモンの3種類で、特にサーモンのおにぎりは美味しかった。
時間も費用もそこまでかからないし、味も日本のものとほぼ変わらなかったから、ここにいる間にもう一回やりたいな。

63-5

・週明けの月曜日は、またまたおばあちゃんの家にお邪魔して、暖炉の火でソーセージを焼いたり、シナモンロールを作った。
「Kaulin(カウリン/料理に使う生地を伸ばす麺棒)」「Esiliina(エシリーナ/エプロン)」などなど、可愛い言葉リストも更新される日となった。

63-6

・昨日は最寄りのバス停に向かおうとした時、冬眠明けのリスを見た。
彼らは既にわたしが知らない春の兆しを感じ取っているのかもしれない。

・フィンランドで最後に雪が降るのは4月だとおばあちゃんが言っていた。
長い長い雪を耐え忍んだ後に咲く黄色い花が、春の象徴らしい。
真っ白な雪が積もって砂糖菓子のように見える木々の景色をまだ見ていたいと思う一方で、黄色い花、そしてトゥルクの桜と、暖かい春が待ち遠しい自分もいて、なんとなく心が落ち着かない。

・フィンランド語の授業では遂に過去形に突入。
先々週おばあちゃんの家で日記を書いた時、過去形を全く知らず苦労したから、素直に嬉しい。
「~ing」の現在進行形はどう表現するんだろうと、自由時間にふと先生に質問したら、5分間ほどマンツーマンの特別講義が始まってしまった。

・簡単にまとめると「~ing」の表現はちょうど今学習している場所の概念と密接に結びついているそうで、「わたしが泳ぐ」という文章は直訳すると「Olen uimassa=わたしが泳ぎの中にいる」という文になるそうだ。
そして「泳ぎに行く」は「Menen uimaan」、「泳ぎから出る」は「Tulen uimasta」と、英語のように動詞の語尾にingをつけるのではなく「泳ぐこと」を場所として捉え、その動きに合う語尾をつけるという。

・何て難しい言語なんだ!と投げ出してしまうのは簡単だけれど、複雑な文の根底には一貫したルールが存在しているのだと理解できて、フィンランド語のモチベーションがまた若干上がった。

・夜は日本からの仕送りを受け取ったというめいちゃんと合流し、たらこパスタとカルボナーラを作った。
漫画に出てくるような大きいお皿に結構な量を盛りつけたはずなのに、2人で食べていたらいつの間にかなくなっていて焦った。そして半年以上ぶりのたらこパスタは噛まずに保存しておきたいくらい美味しかった。
中学生同士の争いにプロ力士が参戦してくるような感覚で、比較も真似もできないくらいの美味しさだ。


63-7

・そして、ついにクリスマスプレゼントにムーミンの本を渡してくれた知り合いに、日本についての絵本を渡すことができた。

・なかでもキットカットのいちご味が甘ったるくなくて美味しかったそう。本のページの中では、しまなみ海道のサイクリングに関する説明で「来日したら絶対やりたい!」とまで言っていた。
音楽好きでフェスにもよく行く、美術にも造詣が深いことも知っていたが、サイクリングが趣味だという新たな一面を発見できた。

・数か月前からフランスでの留学に興味があると聞いていたが、最近ついにその結果が発表されたらしく、来年1月からパリで暮らすという。
10月初めから定期的に会っていた人だったから、選考過程を伴走してきた感覚があって、わたしにとっても嬉しいニュースだった。

63-8

・来週いっぱいは日記が書きづらい環境にいるので、簡単に今月の振り返りをしようと思う。

・まず、フィンランドでの生活が最近ますます楽しくなってきた。
前期から交流があった人との関係性が半年ほどの時間をかけて円熟し、お互いの前提条件が似てきたからこそ、相手の話したいことを推測したり、逆に向こうが読み取ってくれることも増えた。
これは日本人同士も、外国からやって来た留学生も同様で、観光することで共通の話題が増えたり、深い話ができるようになった。

・成長したと思えた出来事は、カラオケと文学の授業だ。
それを機に洋楽を聴く習慣がついた曲を、4か月越しに自分が歌えるようになったり、洋書を1冊読み切るという目標を達成できたことは、自分の自信にも繋がった。

・そして今月はおばあちゃんと出会った月でもある。
かれこれ週1回、どこかにお呼ばれしてはいつも甘えさせてもらうことばかりだが、本当に孫のように扱ってくれるのだ。頭が上がらない。

・わたしはここに来てから日本で暮らしていた時よりも行動的になり、その分目に見えてピンチになる瞬間も増えた。しかしその度にフィンランドの人の優しさに触れて、ますますこの国のことが好きになっていった。

・だが「英語が公用語の国の方が暮らしやすい」と話す子も何人かいて、それがとても意外だった。
彼女たちによると、フィンランド人にとっては英語はできることが自明の言語だから、言葉につまってしまうと時々圧を感じるという。
わたしはどちらかというと、多少英語に詰まってもフィンランドについて興味を持っていることを示して仲良くなってきたタイプだったから、むしろ「英語以外が公用語の国の方が暮らしやすい」のではないかと思っていた。

・考えも、住み慣れた環境も全く異なる人々と会話を重ね、気づけば留学が終わりに近づきつつある。
思い返せばたくさんの「初めて」を経験して成長した、人生で最も充実した半年だったが、何も果たせていないような後悔を抱えた自分もいる。
そんな思いがない交ぜにぐしゃぐしゃになって、あっという間に帰国してしまうのだろう。

・今までの関係をクローゼットの中に並べて折りたたんでいくような、発展と新たな門出の寂しさを彷彿とさせる月だった。

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