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木原事件 ある警察官一家の事件簿(4)

この物語はフィクションであり、登場する人物は全て架空の人物です。

警察から北永に電話があったのは、民雄の遺体発見翌日の夕方でした。すでに解剖が終わったらしく「民雄さんの奥さんが遺体を引き取らないと言うのですが、どうしましょうか?」と聞いて来ました。北永は一瞬何を言われているのか分かりませんでしたが、我に帰ると「わかりました。うちで引き取ります」と答えました。北永は葬式のことまで思いが至っていなかったのですが、あわてて葬儀社を探し始めました。韓国では3日葬が普通ですが、日本ではそれをしてくれるところは殆ど無く、自分たちが通っている教会で通夜、翌日葬式・告別式をしてくれる業者を探しました。

翌朝、葬儀社がやってきて打ち合わせを済ませると、警察に指示された監察医のところへ遺体を引き取りに行ってもらいました。死亡届(死体検案書)は葬儀社が受け取り、教会で準備をしていた母親に持って来てくれました。翌日は告別式で来客も多く更に忙しくなると考えた母親はその場で死亡届を記入すると急いで役所へと向かいました。息子の死を悲しんでいる暇もないほどバタバタする中、北永は警察に呼ばれ民雄の家で現場検証に立ち会っていました。数人の警官に混じって逸子の父・謙三も来ていましたが、先日と同じように警官と親しく会話を交わしています。北永は警察が他殺の可能性を考えてくれたのかと期待しましたが、実際は現場検証と言うより何かを探しているだけのようでした。特に本棚の近くを念入りに捜索していて、本を触っている警官に上司が「ああ!それはお父さんの本だから触らなくていい。」と不思議な指示をしていました。そのうち誰かが「あった!!」と声を上げます。本棚の下の方に白いものが入った小袋が隠れるように挟まっていました。北永が覗き込むとその小袋には少し血がついていました。北永は思わず「なんで血が付いているのか?」と尋ねますが、警官は「民雄さんが工作中に指でも切った時、付いたんですかね」と有り得ないような答えをしていました。一体何を調べに来たのかわからないまま現場検証は終了し、その数日後、大塚署に呼ばれた北永は「いろいろ検討しましたが、やはり自殺で間違いないですね」と言う結論を聞くだけでした。「多分、民雄さんは座ったまま自分を刺し、そのまま後に倒れたのでしょう」と言う説明に北永は「そんなはずはない!!民雄が自殺する理由なんてありません!!」と激しく食い下がりますが、警官は全く聞く耳を持たず、「お気持ちはわかりますが、現実を受け止めてください」と言うばかりでした。

民雄の母親は葬式の手配を済ませると逸子に電話をかけます。「喧嘩してたのはわかるけど、せめて民雄の最後くらい孫と一緒に見送って欲しい」と頼みますが、逸子はもう顔も見たくないとばかりろくに返事もせず電話を切ります。彼女はもちろん当日も姿を見せることはありませんでした。葬儀には民雄の友人を中心に300人以上の弔問客が来ていて、教会に入れない人が外にあふれていました。民雄には生前これだけ多くの友達がいたのかと両親さえ驚いたほどでした。そんな満席の教会に逸子の兄・洋次がなんとジャージ姿で現れ、皆が見つめる中で教会の真ん中の通路をすたすたと歩いて来ると、祭壇の前に立ち献花用の花を一輪取り上げ、お棺に横たわる民雄に向かって投げつけました。弔問客はあっけに取られていましたが、洋次は踵を返すとあっという間に姿を消しました。不幸な盗難事件があって、最後は絶交状態になったけど、本当はお前が好きだったと言いに来たのか、それとも最低限の義理を果たす為だけにやって来たのか、「何でこんなことになってしまったのか!」洋次の心の中は洋次自身さえわからない不条理なものだったのかも知れません。

告別式が終わり、火葬場で最後の別れをすると北永は葬儀社から民雄の骨壷と一緒に渡された血のついた服を紙袋に詰めます。「なんでなんだ?」「民雄はなんで死んだんだ!」心の底から怒りにも似た疑問が溢れて来ました。「このままでは絶対に終われない。真実が分かるまで遺骨は墓には埋められない」実際、その後北永は立派な墓を作りますが、現在に至るまでそこに遺骨を入れることはなく、家に小さな祭壇を作りそこに骨壷を置き、すぐ後には民雄の血の付いた服を箱に入れて置いたままでした。葬儀が全て終わった後、北永はふと民雄のベンツのことを思い出しました。民雄が亡くなる数日前、ベンツの鍵が壊れたと連絡があり、彼を近くの駅まで送ったことがありました。民雄は合鍵がドイツから届くまで時間がかかると父親に嘘をついていましたが、本当は店の損失の穴埋めと言うことで義兄・洋次に車を取られていたのでした。実はこの時より少し前、北永は民雄がベンツを質に入れて借金していることを洋次から聞き、車を取り返すべく金をかき集めて洋次に渡していたのです。そのことをあとで聞いた民雄は「なんで親父に話したんだ!」と烈火の如く怒り、それ以来民雄と洋次の関係は険悪なものとなっていました。そんなこともあり北永はベンツのことが頭に引っかかっていたのです。北永は記憶をたよりに民雄がベンツを駐車した場所を訪ねますが、そこにあるはずのベンツは跡形も無く消えていました。仕方なく家に戻ると北永は家族と話すことも無く、ぐったりと仰向けになり、ひたすら天井を眺めていました。

北永は翌日から毎日のように警察を訪ね、「民雄が自殺するわけはない。もっと調べて欲しい」と懇願しますが、相手にされることはありませんでした。ただこのことは大塚署でも有名になり、又いつ何が発見されるかわからないと言うことで書類は直ぐに検察に送付されることはなく、キャビネットの奥に未決裁書類として保管されることになりました。

(了)

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