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木原事件 ある警察官一家の事件簿(1)

この投稿はフィクションであり、登場する人物はすべて架空の人物です。

短大生の逸子は少しばかりヤンキーな雰囲気を醸し出しながらも年上の男を惹きつける美貌の持ち主でした。そんな彼女がある日突然モデル事務所の人間から勧誘されてバイト感覚でモデルをやり始めたのは入学して間もない頃のことでした。スカウトされると直ぐにファッション雑誌cawaiiに掲載されるなど順調にモデルとしてのスタートを切ることになります。警察官の娘ながら放任されて育った彼女は引き込まれるようにこの世界に嵌って行きました。人に合わせることで生きて来た彼女が、自分の為に周りの人がこれだけ動いてくれると言うことを実感した瞬間かも知れません。そして彼女はこの世界で生きていくことを考え始めるようになりました。

そんなある日、逸子は写真撮影の合間に休憩所で休んでいると背の高い青年から声をかけられます。少し不良じみた感じはするものの生き生きとした目をした彼に逸子は同じ匂いを感じました。「君ってモデルなの?何の撮影?」「いえ、まだ学生なんです。でもいつか有名になりたいなって思います。」「そうなんだ!」彼女に一目惚れした民雄はさっそく逸子のPHSの電話番号を聞き出しデートに誘うとますます彼女の虜になって行きました。他の誰かに誘われないように自分の車を使い毎日逸子を短大まで送り、帰りは仕事場へも送って行く生活が始まりました。当時民雄も逸子と同じようにモデルをやっていましたが、モデルだけで食べられるほどではなく、近所の工務店で働きながら声がかかればモデルをやるといった生活をしていました。逸子は芸能事務所に所属しモデルの仕事をする傍ら、将来に備えて歌の練習も始め、20才の頃にはウランと言う芸名ももらいCDデビューを果たします。しかし、そのCDは殆ど売れることはなく、次のCDが出ることもありませんでした。厳しい現実の前に逸子の心も折れそうになっていたころ逸子は民雄の子供を宿していることに気が付くことになります。

逸子はどうしようか悩んだ末、妊娠のことを両親に相談しました。父親の謙三は逸子の兄・洋次の覚醒剤事件をきっかけにキリスト教に救いを求めて入信し、すでに熱心なクリスチャンになっていました。そんな父・謙三には主に逆らって中絶させると言う選択肢はありませんでした。そして逸子民雄夫婦は謙三の家に転がり込む形で新婚生活を始めることになりました。結婚式の費用は勿体ないので生活費に回した方がいいと言う洋次のアドバイスもあり、二人が結婚式をあげることはありませんでした。その後二人目の子供が生まれ、逸子の両親は近くのマンションに引っ越した為、民雄一家は家族だけの普通の生活を送ることとなります。ただ民雄の稼ぎが少なかったこともあり、かつて華やかな世界を覗き、それなりの贅沢を味わって来た逸子にとってその普通の生活は決して満足の行くものではなかったようです。若い頃の派手な靴や似合わなくなった洋服をフリーマーケットで売ったりしては子供服などを購入していました。

そんな中、当時バンドマンをしていた逸子の兄・洋次は友人が経営する風俗店を民雄に紹介します。民雄はその仕事に慣れてくると店を任されるようになり生活は一変します。しかし、洋次と共同でベンツを買ったり高級時計を身につけるなど配管工時代とは打って変わった贅沢な生活が長く続くことはありませんでした。きっかけは店の従業員が金を持ち逃げしたことでした。そんなことが二度も続き、民雄は経済的にも精神的に追い込まれて行きます。持っていたベンツも質屋に入れて損失の穴埋めをしたりしますが、オーナーからの厳しい叱責に耐えかねて義兄・洋次に誘われるように覚醒剤に手を出してしまうのです。家に帰ってもあれほど好きだった逸子にさえ悪態をつくようになり家に金を入れることさえままならなくなっていました。これより少し前のことですが、二人はフリーマーケットで淳と言う物静かな男と知り合いになります。誰とでもすぐに親しく出来る民雄は淳とは特に気が合ったようで民雄の実家に誘うほどの仲になって行きます。そしていつの間にか逸子を含めた3人は覚醒剤をやる秘密の仲間になっていました。風俗店の従業員による金の持ち逃げ事件以降、明るかった民雄は誰が見てもわかるほどに暗くなり、粗暴な性格へと変わって行きます。逸子は彼から逃れるように池袋のキャバレーで働き始め、夜中に帰って来るなど生活は不規則なものとなり、民雄との関係は悪化して行くばかりでした。そんな状況を近くで見ていた淳は逸子に同情し民雄と距離を置いた方がいいのではと囁きます。「何なら俺の実家に隠れていたっていいよ。」彼の実家は自営業をしていて母屋以外に住める家屋があったのでした。

逸子が子供を連れて家を出ると淳は民雄に協力して彼女を探すような振りをしつつ、彼女の隠れ先がばれないように何度も工作をします。静岡の方にいるらしい、どこどこで見かけた人がいるなどと嘘の情報を流しては民雄の捜索を混乱させた為、なかなか逸子の行方は分かりませんでした。しかしついに淳自身が逸子を隠していたことを突き止めることになります。そして2006年4月9日の日曜日に事件は起こります。民雄はその日父から仕事用のバンを借りると淳の実家へと向かいます。そして強引に逸子と子供を連れ帰った民雄は家に着くと父親に電話し「あの金は渡した。離婚届にも判を押す。」と報告しました。

居間で向かい合った二人は逸子の希望に従い離婚には合意したものの子供をどちらが引き取るかについては中々結論が出ず激しいどなり合いとなりました。「子供は俺が引き取る。両親が面倒を見てくれると言っているから大丈夫だ!」「なんで親に面倒を見て貰う必要があるの?私がちゃんと育てるわよ!」「キャバレーに勤めていたら結局自分だって親に見てもらうんじゃないか!」しばらく揉めていると逸子の父・謙三が家を訪ねて来ました。どうにもならないと思った逸子が父親に電話して加勢を求めていたのです。しかし謙三がなんと言おうと民雄は言い分を変えることなく議論は平行線のままとなります。「とにかく落ち着いて飯でも食え!」と言うと謙三は民雄の家を出て大塚署に向かいました。このままで行くと場合によっては最悪の事態を覚悟しなければならないと判断した謙三は、いざと言う時に逸子側が有利になるよう「逸子が夫からDVを受けているので注意して欲しい。」と言う嘘の届け出を警察に出しに行ったのです。何故最悪の事態を覚悟したかと言うと民雄との言い合いの中で謙三は決定的なことを言われていたからです。謙三が「風俗店で働いているお前に大事な孫を預けられるか!」と非難すると民雄は「逸子だって淳と一緒になって覚醒剤をやってるんだぞ!洋次だってやっているだろう!しかも売人じゃないか!」「なんだと!!そんな訳ないだろ!」「親なのにそんなことも知らないのか!なんなら警察に通報してやろうか!」警官としてその事態だけは避けなければ行けないと冷静になった謙三は「まあまあ!」と民雄を一旦落ち着かせたものの警察に通報されはしないかと言う不安は心の中でどんどん大きくなっていったのです。そして娘が生んだ可愛い孫たちをあんな男に決して渡してはならないと覚悟を決めました。

謙三は一旦自分のマンションに戻りサバイバルナイフを取り出すと一巻き一巻き自分の覚悟を確認するかのように取手に両面テープを巻き付けました。そのナイフをベルトに差し込むと、人通りの少ない路地を歩いて民雄の家に向かいます。玄関の鍵を開け、足を忍ばせるように静かに二階へと上がります。目があった逸子には口に指をあててシッと合図をするとパソコンで何か作業をしていた民雄の背後に回り喉元を一気に突き刺しました。逸子は思わず目を反らしますが、謙三がナイフを思い切り引き抜くと血は勢いよく天井まで飛び、彼女の背中にも血が降りかかりました。謙三は引き抜いたナイフを持ったまま我を忘れたかのように茫然と室内をふらついていましたが、気を取り直すと逸子に淳をここに呼び出すように指示します。「お前が民雄に言われたので刺したと言えば必ず来てくれるだろう。ナイフには私の指紋が付いてしまったと言って取手の両面テープは淳に剥がさせろ。」と事前に考えていたシナリオを逸子に伝えました。そして血の付いた手をタオルで拭うと謙三は洋次に電話して事情を話し覚醒剤を持って来るように伝えます。謙三は洋次が到着すると民雄との連絡用に使っていた携帯で電話させ、在りかを知るとその携帯を回収しました。そして持って越させた覚醒剤のパケットを机の上に置くと謙三と洋次は冷静にシナリオを確認した上でそれぞれのマンションへと戻って行きました。謙三は血の付いた衣服を脱ぎ捨てシャワーで体を洗うと漸く一息つきました。「よし!これで明日の朝、逸子が警察を呼べば、淳がするであろう自殺の偽装工作が成功するかも知れないし、最悪でも淳の犯行にすることが出来るだろう。」と自分に言い聞かせながら寝床につきました。しかし事態は謙三の想像していない方向へと進んで行きます。寝付かれないまま天井を見つめているとまだ暗い朝4時過ぎにパトカーのサイレンの音が遠くから聞こえて来ました。「おかしい!時間が早すぎる。」謙三は起き上がると昨日DV相談をした担当者に電話をかけました。「近くで何かあったのですか?」「お父さん、最悪の事態になったようです。ただ死んだのは旦那さんの方です。」「うちは警官の家族なんです。なんとか大きなことにならないようにしてもらえませんか?」「わかりました。取り敢えず現場を見てみます。」それを聞いた謙三は「よろしくお願いします。」と答えると慌てて外出着に着替えます。

謙三はマンションを出ると民雄の自宅には行かず、大塚署へ向かうことにしました。事件現場が今どんな状況かをだいたい想像出来る謙三は規制線が張られた現場に行くより、まずは警察署で状況を把握する方が大事だと判断したからです。警察で民雄の父親が遺体を発見したこと、そこには逸子親子以外誰もいないことを確認した謙三は警察に対しこう話します。「民雄はいつも覚醒剤をやっていたのできっと薬があるに違いない。錯乱して自殺したのかも知れない。民雄の一家は韓国人で何をするかわからないので娘たちを合わせることは避けてもらえませんか?」
(つづく)

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