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かぐや姫は地球に行きたい 2-5

「誰」
「ほら、例の竹林の所有者じゃよ」

 そんな会話は聞こえなかったはずだが、おじいさんとおばあさんは頷き合うと、飛び上がるように竹子と男の間に入り、立ち塞がる。

「何用でございましょうか?」
「お前に姫と呼ばせる筋合いはない!」

 怒気のこもった2人の声色に、男は一度眉をひそめたものの、すぐに口角を上げる。

「これまで姫様を世話していただき、誠にありがとうございます。姫様の身は預からせていただきます」

 男の言葉に今度はおじいさんが眉根を寄せる。

「なーにを、拐かしのようなことを堂々とぬかすか」
「先に姫様を拐かされたのはそちらでございましょう。なに、数々の強奪行為は姫様の顔を立てて不問にいたしますのでご安心を。さて、姫様、参りましょう。こんな汚らわしいところにいてはなりません」

 にこやかな作り笑顔で述べる男に、竹子は両親の堪忍袋の緒が「ブチン」と、切れる音が聞こえた気がした。
 竹子には確信があった。自分より強い父と、その父より強いであろう母ならば、この男一人くらいどうということはないのだろうと。両親が男に向かって手を伸ばし、竹子が「ご愁傷さま」と心で呟いた瞬間、その男は何をどうしたのか、竹子のすぐ目の前に立っていた。
 目をやれば、両親は互いにぶつかったらしい様子でうずくまっている。一体どれほどの勢いで男を捕まえるつもりだったのか。

「あら、あなた……すごいわね」

 竹子は、怖いというよりも素直に感心した。目の前の男が父や母とはまた違う強さを持っていることに、純粋に興味を抱いた。

「地球に住む月の者ならできますよ。尤も、場所が明瞭でないと移動できませんので、すぐに姿をくらます盗人には効きませんがね。あなた様だっておできになるはず。ほら、試しにあそこへ行きたいと強く願ってみてください」

 淡々と答える男の言われるがまま、男が指さす部屋の隅に目をやり、「行きたい」と目を閉じて願ってみる竹子。目を開ければ、竹子は本当に部屋の隅へ、なんなく瞬間移動していた。

「うわっ、これすごい便利」

 竹子はびっくり、というよりも、これで両親にも負けないかもと興奮していた。互いにぶつかった衝撃で未だ立ち上がれないおじいさんとおばあさんも、竹子に驚愕と羨望の眼差しを向けている。他にも自分では知らない技を、何か使えるのではないかと胸を高鳴らせる竹子は目の前の男に聞く。

「あなた、誰なの?」

 竹子の問いに、男は先程おじいさんとおばあさんに見せた笑顔とは違う、心から安心したような笑みを浮かべた。

「そう言われると思っておりました。私は宮廷に仕えていた画家です。姫様が幼少の頃より、肖像画を描かせていただいておりましたが、うっかり時止め人の存在を口にした件で、地球送りを食らいました」

 慣れたようにとうとうと自分語りをする男に、竹子は首を傾げる。

「その姫様って誰のこと? 私は姫と呼ばれるほど高い身分の生まれじゃないでしょう」
「な、何を仰りますか!?」

 竹子の言葉に男は目をむいて叫ぶ。

「もしや、もしかして、まさか! ご自分のことも覚えておられないのですか? 成長とともに記憶が回復すると伝令が来たのですが、まさか思い出すものが何もない……? え……。いや、姫様のことだから有り得なくは……ないですが……」

 男はだんだんと俯き、やがて頭を抱え出す。語る声はすっかり弱々しく、ため息混じりだ。男は一つ息をつくと、再び顔を上げ竹子に向き直り、やや声を張って言う。

「恐れ多くも、その御名を呼ばわりますが、あなた様は月の王の第一継承者、ニャリョォルダァケノンカグゥリヤ姫様にございます」
「にゃりょーる……?」

 首を傾げる竹子。少し離れた土間で座り込んでいるおじいさんも同じように呟く。

「にゃよだけのかぐや……?」

 ブツブツと繰り返し呟いていたおじいさんは、突如「おお!」と、膝を叩いて立ち上がった。

「なよ竹のかぐやか! 良い名じゃ!」

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