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博多の女とひとり酒の話

 二十歳になった頃、父に言われた言葉が、今でも頭に残っています。

「博多の女なら、酒くらい飲めんといかんぞ」

 今考えたら完全なアルハラ発言ではありますが、飲み会や接待の連続で二日酔いに苦しんでいるOLの友人を見ていると、たしかにその通りかもしれないなあ、と思ってしまうことも多々あります。飲みの文化が根深い福岡の街ではなおさらかもしれません。酒が飲める女性って、やっぱり上司ウケがいいんですかね。私もどちらかといえば飲む方なので、むかし会社の飲み会で上司にガンガン飲まされて泥酔し、その後バッセンに行って全球空振りした後、深夜2時過ぎに独りタクシーに乗っていたら気持ち悪くなって途中で降ろしてもらい、10メートルごとにゲロ吐きながら徒歩で帰宅したことがあります。(ひどい話)

 そんなことはさて置き、二十歳を過ぎて家族で食事に行き、父からビールを飲まされたとき、私は「うわ、苦。まず」と顔をしかめました。大人はどうしてこんな飲み物を美味しそうに飲めるんだろう、私には一生酒の美味しさは理解できないだろうな。そう思っていました。

 ……そう思っていたんですけどね。今では一週間に一度は酒を飲まないとやってられない体質になってしまいました。精神状態によっては毎日のようにコンビニでビールを買ってしまいます。この調子ではアル中まっしぐらです。自分が怖い。
 これはただの個人的な感覚なのですが、いろんな挫折や屈辱を経験し、人生の酸いも甘いも味わったことで、よりビールのうまさが身に染みるようになった気がするんです。比較的順風満帆な人生を送っていた大学生までの自分には理解できなかった。なんというか、ビールって人生の味だと思うんですよね。そもそもお酒って飲む日のコンディションによって味わいも変わるじゃないですか。楽しいときは美味しく感じるし、楽しくないときはまずく感じる。人生そのものですよこれ。自分でも何言ってるのかよくわからんくなってきた。

 それと、やっぱり日本のビール会社の努力はすごいと思います。海外のビールって基本あっさりというか、さらっとしているものが多いですが、日本のビールは味に厚みがある気がします。などと言っときながら、私の一番好きなビールはハイネケンです。(オランダやんけ)


 さて、幸いなことに、福岡には安くておいしい居酒屋がたくさんあります。毎週のように酒を飲んでも飽きません。こんなにいい店がたくさんあっては、一生のうちに通い尽くせないではないか。福岡最高です。

 ただ、ひとつだけ、私には問題がありました。

 友達が少ないんです。

 酒は飲みたい。でも、一緒に飲める友達は少ない。その結果、毎回同じ女友達と飲んでしまいます。仲が良すぎて親には「またあの子と飲んだの?付き合ってるの?」と言われる始末。
 いくら仲が良いとはいえ、毎週毎週付き合わせては申し訳ない気がしてきます。どうにかできないかと考えた結果、ナイスな案を思いつきました。

 宅飲みです。

 友達がいないなら、家でひとりで飲めばいい。


 学生時代、私はバーで3年ほどアルバイトをしていたのですが、勉強がてら自宅にシェイカーやらリキュールやらを揃え、毎日のように晩酌し、その結果ぶくぶくと肥えてしまったという苦い思い出があります。
 当時のことがトラウマとなり、「家では絶対飲まない」と心に誓っていたのですが……まあ我慢できませんでしたね。黒霧島と木挽ブルーのカップ酒を購入し、つまみを自分で作って、木崎的ナンバーワン宅飲みハッピームービーであるNetflixの『ロマンティックじゃない?』を観たり、木崎的ナンバーワン最強お祭りムービーの『ホット・ファズ』を観たり、木崎的ナンバーワン涙活ドラマの『重版出来!』を観たりしながら、家でひとり酒を嗜んでみました。

 ところが。
 数時間が経った頃、ふと気付きました。つまみは美味いし、映画もドラマも面白い。自由で、この上なく楽しいはずなのに、なぜか酔えないんです。いくら焼酎を呷っても、まったく酔う気配がない。
 普段、私は「アッパー系酔っぱらい」なので、酒が入るといつも以上に上機嫌になってしまいます。それなのに、家で飲んでいる私は完全に「虚無」でした。無表情のまま淡々と酒を飲み続けるアラサー独身女の絵面、やばいですよね。ただただ寂しい奴です。友達の等身大パネルでも作って部屋に置いとくべきだった、などという馬鹿な考えが頭を過ぎります。あまりに寂しいので、「東京タラレバ娘」のドラマを流しながら、登場人物の女の子三人が居酒屋でお喋りしているシーンを肴に飲んでみましたが、ドラマの内容が辛辣すぎて酔いが冷めてしまう。耳が痛い。倫子さん(シナリオライター)が自分と重なって心がつらくなる。

「……片付けるか」

 私は早々に撤収することにしました。台所には洗い物の山。うんざりします。宅飲みは片付けも大変です。

「……寝るか」

 片付けを終え、寝る準備を済ませ、ベッドに潜ります。ところが、アッパー系酔っぱらいの私は、アルコールが入ると眠れなくなってしまうんです。寝酒というものができない難儀な性質です。

 酔えない、片付け面倒くさい、眠れない。しかも、ただただ孤独。
 宅飲み、いいことありません。
 そこで、私はようやく知りました。自分は「酒が好きなのではなく、外で飲むのが好きなのだ」と。要は、「雰囲気に酔う」タイプだったというわけです。
 その上、タンパク質中心生活といいますか、毎日決まった筋トレ食メニューを食べている私にとってみれば、飲み会は唯一「サラダチキン以外のものが食べられる贅沢な外食の日」です。俗に言うチートデイみたいなものなので、よりテンションが上がっちまうんでしょうね。


 よし、外で飲もう。

 思い立ったが吉日。居酒屋一人呑みデビューするため、私は博多駅の「ほろ酔い通り」を訪れました。

 ほろ酔い通り、名前がいいですよね。ただ歩いているだけで酔っ払えそうです。立ち飲み屋や大衆居酒屋がたくさん並んでいて、平日でも大盛況でした。

 ひとりで居酒屋に行くのは初めてのことなので、なんだかドキドキしますね。なかなか店に入る勇気が出ず、ほろ酔い通りを3周くらいぐるぐる歩き回った末、覚悟を決めてようやく入店。

 大衆居酒屋のカウンターにひとりで座り、まずは黒霧島とゴマサバを注文。いかにも福岡感満載の組み合わせです。

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 右隣の席はおじさん、左隣の席もおじさん。テーブル席もほぼほぼおじさん。店内のおじさん率は、例えるならば日本における刑事裁判の有罪率と同じくらいでした。中には一人の客もいましたが、女独りで飲んでるのは私だけ。

 最初は「周囲の視線が痛いな…」と肩身が狭かったのですが、しばらく飲み食いしていると、だんだんどうでもよくなってきました。なんというか、店内の喧騒が心地いいんです。隣で政治についてあーだこーだ言ってるおじさんたちの声も、背後でプロ野球について熱く語り合っているおじさんたちの声も、なんだかいい感じのBGMのように聞こえてきます。ちょっと楽しくなってきた。

 そして、気付きました。「お、わたし酔っとるぞ」と。

 そう、酔えたんです。ひとりで飲んでても、場所が居酒屋だったら酔いが回ったんですよ。さすがほろ酔い通りの名前は伊達じゃない。あっという間に私はほろ酔いになりました。やっぱり外で飲むのが好きなんだな、と確信しました。

 そんなこんなで心地よく酔いが回ってきた頃、友達の仕事が終わり、店で合流することになりました。大衆居酒屋のカウンターに二人並んで座り、ビールで乾杯する。ここからはもう酒の進みも酔いの回りもフルスロットルです。一人で飲んでいるときの比じゃない。しかも楽しい。

 そうか、と気付かされます。
 結局私は、友達と飲むのがいちばん好きなのか、と。

 仕事、会社、同僚の愚痴。
 結婚できない問題。
 親の介護問題。
 マンション買うか借りるか問題。
「ねえ、ナルトって結婚したらしいよ」「え、ナルトってあのうずまきナルト?」「そう。子どももいるんだって」「うそでしょいつの間に。こないだ中忍試験受けてなかったっけ」「あのナルトでさえ2児のパパなのにね」「我々は何をやっとるんだろうね」みたいな超絶しょーもないやり取り。
「あんたが結婚したら私も婚活するわー」「それいいねー、私もそうするわー」「だめだこりゃどっちも結婚できんわー」などという、びっくりするくらい生産性のない会話。

 居酒屋の喧騒の中で、友達と酒を酌み交わしながら、そんなことを語り合う時間が、最高に楽しくて幸せなんだということに気付きました。美味しいお酒と大好きな友達がいてくれるだけで、こんなにも人生が豊かになるものなんですね。知らなかった。
 それなのに、やれ独り身がどうだの、結婚がどうだの、周囲の雑音や古い価値観に心を乱されるなんて、時間の無駄ではありませんか。

 罰当たりかもしれません。神様に怒られそうです。おい木崎、お前、こんなに満たされた日々を送っていながら、これ以上なにを望むというのだ、と。

 そらマッチョですよ。

 いやほんと毎日ハッピーに過ごしていますけどね、それはそれ、これはこれですよ。
 満たされていても筋肉は別腹なんですよ。
 これで体重80キロ以上、体脂肪率一桁、ベンチプレス100キロ以上を上げられるゴリゴリでバッキバキのゴリラマッチョな旦那がいてくれたら文句なしの人生なんですが。

 我こそはという腹筋6LDK男子の方、ぜひお見合いしましょう。オファーお待ちしております。(編集部って作家宛のお見合い写真は受け付けてくれないのかな?ダメかな?)


 というのはまあ冗談が過ぎましたが、初めての居酒屋ひとり酒は自分を見つめ直すいい機会になったんじゃないかと思います。

 小説を書く仕事も好きだし、なんだかんだで仕事をしているときの自分がいちばん好きです。親にはちゃんと育ててもらったし、友達にも恵まれてる。もっと周りに感謝しなければならないし、友情と肝臓を大事にしないといけない、などと反省しつつ、たまには一人で酒を飲むのも悪くないなと思えた初体験でございました。

オススメです、女ひとり酒。


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 余談ですが、いつか酒を飲むことが趣味なアラサーOLの小説を書きたいと思っています。五年以内には書きたいな。オファーお待ちしております。(これは本気)

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