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[エッセイ] 滑らかさ

  牛乳に溶いたホットケーキミックスを混ぜながらふと、滑らかさにはザラつきが欠かせないのではないかと思った。気になってしまったので、ウィキペディア大先生にお伺いを立ててみた。

滑らか(なめらか、すべらか、: smooth)あるいは滑らかさとは、ひっかかりのない、すべりやすい様子・状態・動きをあらわす言葉。英語のカタカナ転写を用いてスムーススムーズの表現が用いられることもある。

Wikipediaより

 なるほど、やっぱり滑らかさにはザラつきが必要なのだろう。なぜなら、ひっかかりのない状態しかありえないものをわざわざ滑らかだなんて言う必要がないからだ。言語や哲学や流体の研究をしている人には眉をしかめられかねないが、素人の戯言なので温かい目で見逃して欲しい。

 例えば、料理において滑らかさが強調されるのは粉末のものがダマになりやすいときである。
「醤油と味醂と酒を滑らかになるまでよく混ぜてください」
なんて言わない。
 僕の中での感覚でしかないのだけれど、滑らかさには調和の取れた粒度と粘度が必要だと思う。調和の中でまとまっているザラつきこそが滑らかさだと思う。レアチーズケーキを食べているときなんかは特段そう感じる。

 ここまで書いて白状をすると、残念ながら僕はホットケーキを作るだけで静かにこんなことを考えられるほど豊かな感性は持ち合わせていないので、この文章を書くに至ったのにはきっかけがあった。
 それは、フランスのPommeさんという歌手だ。澄んでいるのと同時に少しかすれている彼女の声は、丁寧に裏ごしされたトマトピューレのように粘度と粒度が絶妙な調和の中にあって、滑らかそのものだった。

 ある朝、寝ぼけた状態でPommeさんが歌う千と千尋の神隠しの主題歌である「いつも何度でも」を聴きながら朝食を作る準備をしていた。
 混ぜているベラからの感触で適当にホットケーキのタネの仕上がりを計ろうとしていたら急に、Pommeさんの声とホットケーキのタネの混ぜ心地が似ている感じがしてピンと来た。
 そして、日々の中の小さな気付きが愛おしくて仕方がないお年頃なので、忘れてしまわないようにスマホにメモをしながら考えを巡らせていたら、ホットケーキを少し焦がしてしまった。残念ながら、ホットケーキの焦げは滑らかさの調和の中にはなく、風味と食感を損なうものでしかなかった。


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