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人生の課題に向き合う準備

2024年3月30日
 28日はNHK文化センターの講義の最終回。これで毎月一回四年続けたことになる。講義をもとに二冊本を出した。
 アドラーが次のようにいっている。
「勇気があり、自信があり、リラックスしている人だけが、例外なく対人関係の問題である人生のあらゆる問題に対して準備ができている」(『個人心理学講義』)
 ここでアドラーが、「例外なく対人関係の問題である人生のあらゆる問題」といっていることには注意が必要である。アドラーは、この人生でわれわれが直面する問題はすべて対人関係であるといっているのである。対人関係以外にも問題もあるはずだという人がいるのだが、対人関係に関わらない問題はないといっても過言ではない。
 その対人関係の問題に対して、勇気がある人は準備ができているとアドラーは指摘している。ここでいわれている「準備」というのは、どんなことなのか考えてみなければならない。
 一つは、自分しか経験しない問題はないことを知っておくことである。自分は初めてだが、多くの人が既に経験したことに自分も直面するというだけである。例えば、子育てや介護は親が既に経験している。もちろん、子どもの頃は育てられる立場にあったので、子育てに親としての関心は持たなかったので、親の子育ての苦労など少しもわかっていなかったに違いない。しかし、自分が親になり、子どもと関わるようになると、親は自分を育てる時に苦労したことに思い当たる。
 子どもは親からどんなふうに子どもを育てたかというようなことをあまり聞かされることはない。愚痴をいうことがあるかもしれないが、こうすればうまくいったというようなことを親がいうことはあまりない。だから、親の子育てから子どもが学ぶということはなく、子どもは親が自分にしてくれたことを思い出しながら試行錯誤を繰り返すことになる。
 それにもかかわらず、親が子育てを経験してきたという事実は、子どもが大人になって子育てをすることになった時に安心感を与える。親は子どもであった自分を育て上げたという実績があるからであり、親が成し遂げたことを自分ができないはずはないと思えるからである。
 親の介護についても同様である。私の母は長い間義母の介護をしていた。幼かった私は一体何が起こっているか理解できていなかった。仕事をしていた母が仕事を辞めずっと家にいて介護をするのはいかに大変なことだったかは今はわかる。後に私自身が親の看病や介護をすることになった。その時、母が介護をしていたということに思い当たった時に、今度は自分の番だけれども、親もかつて経験したことなのだから、自分も何とかできるのではないかと思うことができた。
 もう一つの準備は、次のような意味である。例えば、親の介護という課題に対してどんな準備ができるかといえば、端的にいえば、「今」親とよい対人関係を築くことである。よい対人関係ができていれば、親の介護がただただ大変なものではなくなる。もちろん、介護が大変でないことはないし、どんな介護もはたから見ていたらわからない苦労がたくさんあるけれども、親とのよい関係を築けていれば、介護はそれほど大変なものでなくなるというのは本当である。
 そのような意味での準備ができず、いきなり親の介護をしなくならなくなることはある。そのような場合も心配することはない。子どもの決心さえあれば、その時からでも親とよい関係を築くことはできる。ただし、子どもの側の勇気にいる。それまでの人生で親との関係がどんなものであったを問題にしないでこれからの関係をよくしようという決心ができなければならないからである。
 いろいろなことが覚えられなくなり、今しがたのことも忘れるようになった親が子どもとの関係をいつまでも覚えていることがある。反対に、子どもの方がいつまでもそれまでの親子関係を忘れることができないのに親が忘れてしまうこともある。そうなった時に、自分だけが、つまり子どもだけが、過去のことをいつまでも覚えていても意味がない。親がどうであれ、子どもの方が過去を手放さなければならない。私の場合は、父が「忘れてしまったことは仕方ない」といって驚いたのだが。
 他の人が人生の課題を前に勇気を持てる援助をするために、具体的に何ができるか。アドラーは次のようにいっている。アドラーは子どもの勇気づけについて述べているが、親子関係だけでなく、あらゆる対人関係に当てはまる。
「子どもを勇気づけようとする時には、最初に話に耳を傾けようと思う。即ち、その前に信頼を得られるような心の状態を創り出さなければならない。子どもに対して友人のようにふるまわなければならない。優越していることを示してはならず、抑圧したり、厳しく扱ってもならない」(『子どものライフスタイル』)
 なぜ相手が子どもや親だと話を途中で遮って自分の考えを押しつけようとするのかよく考えてみないといけない。

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