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『クララとお日さま』(カズオ・イシグロ著)AIロボットと未来の私たち

本の舞台はさほど遠くない未来の人間社会の話である。

裕福な子供たちには話相手となり一緒に遊んでくれるAF(Artificial Friend、人工ロボットの友人)が家にいるのが当たり前となっている。AFの外見は人間の姿をしており、新しい機能を身に着けたロボットはいつも子供に人気だ。

本の主人公はクララというAFと彼女を選んだジョジ―という病弱な女の子。
お店のショーウインドーに立つクララをジョジ―が見つけ母親と相談して購入した。フランス人みたいで、ショートヘア、浅黒くて、服装も黒っぽいクララをジョジ―は気に入ったようだ。

実は、ジョジ―の母親には娘のAFの購入を許す別の理由があった。本書の種明かしとなるので、その理由は説明しないが、彼女はAFにある重要な役割を担わせるつもりでいた。ここでは、クララの姉は病気で早くに亡くなっていることだけを触れておこう。

物語はクララとジョジ―を中心に、ジョジ―の母親や別れて暮らす父親、ジョジ―のボーイフレンドとその母親らが登場人物となって繰り広げられる。

さて、このクララというAFは優れものである。そして、痛々しいほどにいい子だ。
彼女の学習能力の高さと注意深さ、そして、マナーはピカ一だ。
人を見ただけで年齢はすぐに察知できる。家族との距離感を図ることができ、相手の気持ちを考えて言葉を選ぶことができる。子供や大人からぞんざいな扱いをされても怒ることはなく、気持ちはいつも安定している。

クララはお日さまから栄養をもらっている。日を浴びることが何よりも好きな子だ。彼女は食事をすることもなく、寝ることもなく、トイレにも行かない。知らないところに外出すると少し戸惑うこともあるが、こうした点を除けば、ほぼ人間と同じで、誰とでも、問題なく会話をすることができる。

そして、人間と同じか、それ以上に、クララは病弱なジョジ―を想い、彼女の助けになろうとする。彼女はジョジ―が病気から回復するようにと、お日さまにお祈りをし、自己犠牲的な努力をする。ジョジ―への一途な愛情ともいうべき姿勢に読者は心打たれることになると思う。

他方、こうしたクララの美しい姿とは裏腹に、未来の人間社会は不機嫌な様子で描かれている。ジョジ―の母親は仕事で忙しくいつもイライラしていて、ジョジ―と一緒に別れた夫と会っても衝突する。子供たちの世界では「向上処置」という何らかの操作(遺伝子に?)を受けた者とそうでない者が大学進学の時点で振るいにかけられる。大人も子供も競争と分断の中を生きており、今よりもひどい状況が描かれている。

そうした中で、クララは果たして、ジョジ―の家庭でどういう生活を送ったのだろうか。
AFの中には、行く先の家庭によっては不幸な結末になることもあるようだ。ストーリーは明かせないが、賢いクララの場合、AFとして十分な役割を果たしたようである。クララがあまりに優秀なので、技術者がクララの頭の中のブラックボックスを開こうとしたぐらいだった。

読みながら、本書のテーマは何だろうかと考えてみた。これから人間は人工ロボットとどう付き合っていくのかを考え続けなければならない、ということをメッセージとして感じた。

将来、子どもたちにはAFのようなロボットが手に入る。家庭には、料理や掃除を行ってくれるロボットもいる。お年寄りには介護ロボットが付き添う。家の中には、人間だけではなく、数台の人の形をしたロボットがいるのが当たり前という時代はそう遠くない将来に訪れるのかもしれない。本書は、そのときに備えて、ロボットへの倫理上の課題も含めて、考える機会を与えてくれているのかもしれない。

親切なロボットがいる世界は摩擦のない世界である。ロボットはクララのように絶対的な忠誠心を発揮し、人間に対して決して怒ったり嫌な顔をしない。学習能力の高いロボットは決して不快な思いを人間にさせないだろう。しかし、人間はロボットがいる世界に慣れてくると、次第に、孤独感を忘れ、相手を気遣う能力も弱くなるかもしれない。ロボットが人間のようになり、人間がロボットのようになるのではないか、こうした危惧も本書を読みながら感じた次第である。

本書で、著者は、神々しい光を放つ人間以上に人間的な愛情と優しさを持つクララという存在を作り上げた。他方、人間については「向上処置」等を通じて、ますます変質していくと予言しているようにも感じた。皮肉にも、未来はロボットの中にこそ、本来の人間性が保持されることになる、と読めなくもない。

『クララとお日さま』は、カズオ・イシグロの2017年にノーベル文学賞を受賞してからはじめての長編小説である。本のページ数は430項、400字原稿用紙にすると700枚以上の作品である。毎日、数十ページ、寝る前に楽しく読むことができた。これほどの枚数であっても、子供の目線でやさしく、わかりやすく書かれている。イシグロ・ファンの一人としては、生命倫理を問う『わたしを離さないで』に次ぐ、テクノロジーの進展とそれが人間社会にどう影響をもたらすのかを問う実験的な作品である。いつもながら想像力を駆り立てられ、作品を読み通す幸せに浴した。物語の中には、迫真の場面や意外な展開も仕掛けられており、最後まで飽きることはない。

最後に、本書を手に取られる読者には、終章のクララの運命に気を留めて欲しいと思う。誇り高きAFがどう振舞い、どう時間を過ごそうとするのかを見届けてもらいたい。

そして、最終の場面で、クララが人間とロボットとの越えられない溝について語る言葉に耳を傾けて欲しいと思う。そこに未来の私たちへのメッセージが隠されていると思うからである。

(2021年10月1日 脱稿)


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