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NO.14 『複雑に絡み合う』

肋骨骨折による11日間の入院から帰宅した母は、精神的混乱が一層強くなっていた。環境が変わることが認知症にはよくないことはどこかで聞いて知っていたが、ここまでひどくなるとは思っていなかった。表情に力がなくなり、目つきが変わり、ボーっとしていることが多くなった。食事もあまり食べなくなり、見た目でわかるほど痩せてしまった。そんな母の姿を見ると切なくなり、今さら考えても仕方ないことだとわかっているけれど、入院させたことを悔やむ気持ちも湧いてくる。でもそんな風に生気を失ったかのように見えたかと思うと突然スイッチが入り、部屋の引き出しや戸棚など色々なところを開けて探し物をし出すのは相変わらずだった。そして主人を泥棒扱いする言葉は今まで以上に暴力的になっていった。自分が何を探しているのかは全く説明できないが、犯人は必ず主人で、憎たらしい顔つきで主人を睨んでは「この人が取ったのよ。泥棒!泥棒!泥棒!」と何回も言う。普段穏やかな主人もそこまで言われると、さすがに「何!」と返す口調が強くなる。私が間に入ってお互いの顔が見えないように遮っても、それを除けるようにして睨みながら「泥棒!」と言い続ける母の姿を見て、何でこんな風になってしまうのだろうと本当に悲しくなった。
 徘徊という定義があてはまるのかは定かではないが、昼夜構わず用事もないのに近所をウロウロする。遠くへは行かないし、母には母なりの理由があるのだろうと思って放っておいたが、こう何度も転倒してはそれも心配で、出かけるのをやめさせようとしても、まったく言うことを聞かない。そんなときは聞こえないふりをして返事もせずに自分が思った通りの行動をするので、どうしたらいいか私もホトホト困ってしまった。
 ある日仕事から帰宅すると挽いたコーヒー豆が猫のきなこの餌皿に入っていたり、先日つけたばかりの私の部屋の鍵を力づくで引っ張って壊してしまったり、色々な物が何でこんな所にあるの?という状況がしばしばだった。おトイレも間に合わない様子が頻繁に見られたり、着替えも一人では何をどのような順番で着ればいいのかわからなくなったりと様々な様子から母の認知症の症状が進んでいるのは明らかだった。
現在要介護2の認定を受けていて、認定の更新が再来年だが、姉弟とケアマネさんに相談して、それを待たずに再認定してもらうことにした。デイサービスも2箇所違うところに行っていたが、混乱のないように1箇所に変更し、日曜日以外の週6日通所してもらうことになった。その判断はフルタイムで仕事をしている私にとってはものすごい安心材料となった。母が少しでも一人になる時間を減らせるように、少しでも安心できるように、与えられた環境の中で精一杯考えてのことだったと信じたい。
その後いつもの脳神経内科の医師に最近の様子を知らせると、気持ちを安定させる薬が一つ増えて処方された。「やっぱりそうなるんだよね」わかっていることだけれど、娘としての気持ちは言い表せないくらい複雑だった。


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