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NO.8『混乱』

日々変化する母の様子。過去と現在がごちゃごちゃしちゃう感じ。どんな感じなのだろう。
こんな事がありました。ちょっと聞いて~。

へっぽこ娘

その日母は、デイサービスから帰ってくるなり玄関で大きな声で私を呼ぶので、慌てて下りていくと、スタッフの方が待っていて、「今日は少し混乱しているようなので、お伝えしておきますね」と耳打ちして帰られた。母を見ると何かを恐れているような表情で「○○さんがね、トイレに行ったまま帰ってこないのよ…」と心配そうにそう言った。部屋に入るとベッドの上に座って「おかしいのよ。どうしたのかしら。何が何だか訳わからない…」と言って頭を抱えたと思ったら、目を塞いで泣き出してしまった。「どうしたの?何があったの?」と聞いてもうまく言葉が出てこない。こちらに分かるように状況を説明するのは今の母には無理であることを知りながら、それでも母のひと言ひと言を紡ぐように理解しようと聞いてみる。○○さんという名前を聞いただけで、母が一番仲良くしていたお友達のことだということはすぐにわかった。でもその人はもうだいぶ前に亡くなっている。

「○○さんはさ、もうだいぶ前に亡くなったよね。その人がデイサービスにいたの?」と聞くと、そうだと言う。あら。何か見えちゃったのかしらと思った。でもその辺から自分でも薄々何かおかしいと思ったようで、しばらく話しているうちに「そうだよね。○○さんは亡くなったんだよね」と言い出した。よかった。記憶がつながった。

ホッとしたのもつかの間、今度はデイサービスにもう一度行ってくると言い出した。母の話から察すると、どうも先ほどの混乱で迷惑をかけた人に謝りに行きたいらしいのだ。「もうこんな時間だから明日にすれば?」と色々理由をつけて引き留めるのだが、どうなだめても全く聞こうとせず出かけようとするので、それまで穏やかだった気持ちがプツっと切れた私は、仕事中だったこともあって「私の言うことを聞いてくれないなら勝手にすれば!」と言い放ってしまった。母の行っているデイサービスは家から道を一本隔てたところにあって、母の足でも3分とかからない場所にある。バタンと玄関のドアを閉める音がして母は出て行った。「どうしても自分の思いを通したいんだな。困ったもんだ」と思いながらも「母の話は通じるだろうか。訳わからない話で先方にも迷惑がかかると申し訳ないな」という思いも湧いてくる。結局仕事を中断して母のあとを追いかけた。

途中近所の奥さんが「あら、今お母さんが『大変なことになったのよ』と言いながら急いでいたけど何かあったの?」そんなことに答えているヒマはない。説明するのも面倒くさい。余計な言葉をかけて行ったんだなと半ばあきれながら「大丈夫なのよ。あとで話すね」と答えながら母の後を追いかけていくと、すでにデイサービスの女性スタッフと話しているところだった。

予想通り何が言いたいのか通じていなかったので、母に聞いた限りの話を伝え、自分の勘違いだったみたいなので謝りに来た旨説明した。それで母が納得すると思ったら「あなたじゃわからないから、さっきの男の人を呼んできて」と言い出す。仕方なくその女性スタッフは一度事務所に入り、若い男性スタッフを呼んできた。「あら、あなたはさっきの人じゃないわね」それはわかるんだ~と思った。「私から先ほどのスタッフには伝えますので。どうなさったんですか?」とその人は言った。母に代わって私が再度同じことを説明した。「そうだったんですね」と言う男性スタッフにあまり納得はしていない様子の母だったが、「まぁもういいわ。すみませんでした」と深々と頭を下げると自宅に向かって歩き出したので、とりあえずホッとしたが、母にとっては納得というよりはあきらめに近かった気がした。

歩きながら「○○さんに似た人がいるのよ。○○さんは亡くなったんだもんね」と悲しそうな表情で自分に言い聞かせるようにポツリとつぶやく母の言葉を聞いて、私は何とも言えない気持ちになった。母の中に何が起きているのだろう。苦しいのかな。悲しいのかな。混乱したんだろうな。どんな感じなんだろう。いつものように母の言動に思いっきり振り回されながらも「何が何だかわからないのよ…」というひと言にどれだけの思いが込められているのかを、いつになく考えさせられたできごとだった。

聞いてくれてありがとう。

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