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初めての恋人の話

恋の話をしようと思う。

私の通っていた高校は一クラス20人程度の小さな高校で、男女比も半々くらい。いくつかの仲良しグループができていたが、私はその中で、どこのグループにも所属しない代わりに、実行委員などをして一時的な役割としての居場所に居心地の良さを感じていた。通学する方向が同じで仲の良い女の子が3人いたが、私は全員に恋愛感情は抱いていなかったし、向こうもそうだった。

さらに正確に言えば「恋愛」という発想が頭の中になかった。恋愛とかつきあうという言葉よりも、私たちは何となく通学の時に一緒にいて、何となく帰るときにも一緒にいた。実行委員でもたまに一緒になったり、同じクラスだったり、授業では分からないことを教えるなどしていた。でもそれはグループというよりも、通学路が同じメンバーというくらいの感覚だった。いつでも一緒ではなくて、通学中はその3人、授業中はこの人、休み時間はこの人、と私はいろんなグループを移動して過ごしていた。

その当時まだ通学路が同じメンバーの一人だったKさんは、だんだん実行委員などでも一緒に過ごすようになり、つかず離れずな関係になっていた。勉強か何かを私の家でひたすら無言でやったあと、さらにひたすら無言でマリオなどをやるなどして個人的にはかなり充実した休日を過ごしていた。また別の日はカラオケに行き、また家でゲームでもしようかと誘って、片道30分のやたら長い道のりを歩いていた。Kさんはやたら散歩が好きな人だった。川原を歩き、お菓子を買って、予定よりも遠回りして家に向かう途中、Kさんから

「好きな人とか、いるの?」と聞かれた。

あまりにも脈絡のない発言だったが、日頃から謎かけのようなことをされるのはよくあった。

「え、なに、付き合ってみる?」

気まずい沈黙が流れた。あー、やってしまったな、これは。下ネタの中でも特にデリカシーがないものを振ってしまったときに似た、ハズした空気だった。すると、突然Kさんは私の前に飛び出してきて、右手をずいっと、私に差し出すと、頭を下げた。

「つきあってください」

「……あ、はい」

私は差し出された手を握った。こんな感じで、私の恋は始まった。

ところで、恋愛の仕方ってどうやって修得していくのだろう。少女マンガが恋愛のバイブルのように思えるのは、私が恋愛ド素人だからなのだろうか。人との新しい関係を作り直すのは私にはとても大変なことだった。

話は変わるが一昨日、友人のYさんから

「幼馴染ができたんだ」という連絡をもらった。大学生にもなって、幼馴染ができるとはどういうことなのかと聞いてみると、昔の友人と再会し、何度か行動を共にしているうちに幼馴染としての認定を受けたらしい。認定幼馴染というのもまた変わった付き合い方だが、Yさんにとってはとてもうれしいことだったらしい。

話をさらに聞いていくと、Yさんには幼馴染に対するあこがれがあったのだそうだ。中学、高校時代をライトノベルと共に過ごしたYさん。物語にはほとんど必ず、ヒロイン枠や、そうでなくてもかわいい女の子のキャラクターとして、幼馴染がいたそうだ。気心知れた仲、なじみのやり取り、そういうものに憧れがあったそうで、ついに念願の幼馴染を見つけることができたのだという。

恋人にしろ友人にしろ、そうした理想の関係がある人もいれば、私は理想など全く無いどころか、戸惑う毎日だった。私の場合はつき合ってから1か月くらいかけて、手をつないだりするようになり、月に一回、休日に会った。でも、やっぱり一人の活動が好きで、図書館に行ってはそれぞれ好きな本のあるフロアが違うので、別々に行動をした。漫画のような恋人らしいことはせず、自分の好きなように行動しているときに、なんの気なしにKさんがいそうな場所に立ち寄って、Kさんを見かけるのが好きだった。付き合う前だったらストーカーだったと思う。

人混みが苦手な私、旅行が好きなKさん、家にいたい私、散歩が好きなKさん。好きなこともしたいことも全く違った。でも、喧嘩はほとんどなかった。毎日のように電話をした。でも、ほとんど無言だった。私はすごく心地よかった。Kさんもそうだったらいいと思った。私はKさんと私に分かり合えない部分があることをずっと知っていた。同じものを見ても、やっぱり感動するポイントは違うし、私の好きなものをKさんは大体好きにならなかった。でも、Kさんの好きなものは少しだけ好きになった。

Yさんの理想の関係が気心知れた幼馴染なら、私の理想の関係はミステリアスな相棒だと思う。絶対理解できないけれど、でも、そばにいて落ち着く人。私にとってKさんはそんな人だった。知れば知るほど、理解できない部分が膨れていき、やっぱりよくわからないな。と思っていた。

Kさんの手を初めて握ってから5年が経った。私は大学生、Kさんは専門学校を卒業して社会人になっていた。周りの人からは「5年もつき合うならもうあとは結婚だね!」などと言われるが「いや、全然考えてないです」と言い続けた。
環境の変化もあり会える頻度は減っていたが、高校生の時から、月に1回くらいしか休日に一緒に過ごすことはなかったので、突然会えなくなった、というような寂しさはなかった。むしろ「今しか会えないから」という言葉を合言葉にして、お互い予定を開けているうちに、高校生の時よりよほどデートらしいことをしていた。それでもKさんは初めての慣れない仕事と、繁忙期が重なってあわただしい日々が続いた。なんとなく、対応が素っ気なくなり、ひどく悩んでいるようだった。

そんなある日、電話があった。とても暗い声だった。

「……ごめん、あなたと別れようと思う」

あなたとの未来が見えなくなった。と、告げられた。

それから加えて

「あとなんかこの感情は、好きなアニメのブームが私の中で去ったときに似ている」

と言われた。

うるせぇ、その考察今いらねぇよ!

かくして、案外あっさり、私たちの交際は終わった。別れる時は、すっぱり忘れられると思っていた。付き合ったとき私はKさんのことがそこまで好きではなかったから、いつでも別れられるように、今の距離を保っていようと思っていた。Kさん無しでは生きていけない! なんてこと無かったし、逆にKさんも私がいなくても生きていけそうだった。それでも、そばにいたいから、何となくそばにいる。そんな関係で居続けていたつもりだった。それなのに、想像よりも傷は深く1日ずっとぼんやりしていた。

別れてすぐ、数名の友達に連絡した。いつでも別れられるように、という保険のかけ方は本物で、我ながら完璧だった。困った時頼る友達を数名、心に決めていた。不思議と悲しさはなかった。むしろ頼った友人の方が私以上にあわてていた。底に突き落とされるような悲しさはなかったけれど、日々のどうでもいい連絡を入れる相手がいなくなった寂しさが、ふとした瞬間に何度も訪れた。

恋なんてしなければよかったな。と、思った。

なのに、相手の方は普通に連絡を入れてくる。

「えぇい、くそぉ! 何なんだ!」

人生の4分の1くらいの時間をKさんと付き合っている状態で過ごしていた。しかもKさんと関わった時間は友人である時間よりも恋人状態のほうが長い。今更友人の距離感に戻すというのも大変難しいものがあった。急に近づいたり離れたりされると、船酔いのような気持ち悪さにおそわれる。相手の求めている距離感が全く分からなかった。


Kさんの仕事が落ち着いた頃、私は再びKさんと会った。相変わらず、Kさんは勝手に靴を見て、私も勝手に過ごしていた。やはり、心地良い。

「私は何も変わらないよ」とKさんは言った。

「……これって、つき合ってるのと何が違うんですかね」

5年前と同じ、気まずい沈黙が流れた。ああ、またやってしまったな。

でも、今度は私から言ってみよう。

「もう一回。つき合ってください」

するとKさんは言った。

「旅行……一緒に行ってくれる?」

「泊まりなら無理」

Kさんは露骨に顔をしかめた。これは空気読めと思ってるときの顔だ。でも、無理なもんは無理だ。行かんぞ。

「じゃあ、日帰りは?」

「それならまぁ……」

「箱根」

「……まぁ、うん」

「じゃあ、そうしよう」

Kさんが笑った。こうして、私たちは再びつき合うことになった。

それから、Kさんは、どこかに行こう。と、積極的に言うようになった。近場から順に広がって行き、この前やっと箱根に泊まってきた。今度は長野に行こうと言い始めた。

「無理だよ、遠い」

「座ってる時間は箱根の時と変わらないよ」

「ばかな」

「ほら、いけるいける」

これじゃあリハビリだ。しかし、旅する距離が少しずつ伸びている。いよいよ本当に長野へ連れていかれてしまうかもしれない。

「ところで、未来が見えないって言うのは旅行の話?」

と、私は聞いた。

「それもそう、あと、結婚しようって言っても全然ぴんと来てないみたいだったから」

「そういえば、結婚しようとは言わなくなったね」

するとKさんは言った。

「あぁ、うん。それは、もう最悪殴って婚姻届けにハンコ押させればいいやって思うと気が楽になった」

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