低空飛行から風穴(3/10)

3.
 少しの間、通話終了している携帯を片手にぼーっとしていたらしい。制服を着たままベッドの上に倒れ込んで動けなくなって、そのまま、また目を閉じた。相変わらず食欲はなくて、体中の感覚もあいまいで、おぼろげで、まるで空中に投げ出されてふわふわ留まっているような、欲という欲が心から抜き出されてしまったような、捉えどころのない気持ちだった。
 病院に行くことをぼんやり考えた。何をする気にもなれない。頭の片隅で、これはよくある精神的な、いわゆる鬱だとか、そういう病気の典型的な症状ではないか、と思いつきはするけれども実感はない。

 この仕事を始めた時に一人暮らしをスタートさせた。
 本当は、もっとやりたい仕事があったはずだった。本が好きだから出版社とか、広告業界とか、女性でもバリバリ働ける華々しい業種に淡い憧れをもっていた。けれど、資格も特技もこれといってない、凡人としかいえない自分が憧れだけで職を求めるには、時間が足りなさ過ぎたしタイミングも遅かった。
 大学卒業までに滑り込むように獲得した内定は一社のみ。給与や待遇には不満はなかった。行きつく先が決まったと同時に、生活を自立させたくて実家を出、1Kのアパートを借りた。慎ましくお気に入りの家具を揃えて、自炊もして。探す気になれば百均にだってお洒落なランチョンマットの一枚や二枚はたやすく見つかる。心をときめかせて、これからの生活にそれなりに期待を馳せながら、少しずつ少しずつ積み上げていくつもりだった。

 一年。
 入社からまだ一年だ。

 その時間が長いのか短いのかはわからないけれど、まぶたを閉じればもう、積み上げかけていた積み木が突風に煽られてガラガラ、バラバラと崩れ落ちていく様がみえるようだった。無作為に時間だけが進んでいく。その感覚は救いにもならない。
明日からどうすればいい?

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。サポートいただけた分は、おうちで飲むココアかピルクルを買うのに使います。