「明日から行かないことにした」


「また、潰してんの」

学校からの帰り道、いつも横を通る公園の砂場の隅にアイツはいる。
今時古風な真っ黒のランドセルを日に照り返させながら、ぷちぷちぷちぷちと、今日も飽きずにやっている。

「テストどうだったんだよ」
「生意気。関係ないでしょ」
「高校生のテストって、何点満点?」
「教えない」
「ちっ」

蟻をぷちぷちと潰しながら、年上である私を敬おうともしない口ぶり。奴は紛れもない小学生のガキなのに、自分のことをただの小学生とは思っていない性質の悪いガキだ。ぷちぷち、ぷち、ぷち。潰されるとわかっているのに進行方向を頑なに変えない蟻も、蟻である。

「また潰してんの」さっきと同じことを訊いてやったら「見りゃわかるだろ」とまた小生意気に。「どうして潰してんの」とこれもまた、何度訊いたかわからないことを吹っかけてやったら「知らない」と、そんな訳ないだろうにクソ生意気に。

コイツを初めて見かけたのは4か月前。
ちょうど新学期が始まった日、高校3年生はクラス替えもなくて、これから1年間は受験に向けて勉強漬けだからそのつもりでいるように、という代わり映えのない担任教師の激励を聞いて終わった日だった。その日の帰り道に、この公園で、奴を見かけた。

コイツはいつも蟻を潰している。

初めて見かけたその日こそ驚いたものだけど、次第にその衝撃も薄れていった。これが発展して犬や猫殺しに繋がり、はたまた……と想像したら恐怖だけど、不思議とそこまでの狂気さは感じられなかった。ただそこに、蟻がいるから、ただなんとなく、潰していますみたいな気楽さ。蟻には気の毒な話だけれど。

つい見かけたら声をかけてしまうのだけど、私は元々そんなお節介気質ではない。別に気にかけなくても奴は好きに過ごすだろうし好きに蟻を潰すだろうし、しかもなんだ、私は奴を『コイツ』とか『アイツ』とか呼ぶばかりで、つまりは名前さえ知らない。名前も知らない、蟻ばかり潰している、変な小学生。

「明日から行かないことにした」

そろそろ帰ろうと無言で踏み出した私の背中にぶつけるようにしてその声は発せられた。何に、どこに、と振り返りながら問い返すと、学校に、と返してきた。また蟻を一匹潰す。

「どうして」
「行きたくないから」
「お母さんとかお父さんとかは」
「いいって言ってる」

ぷち、ぷち、ぷち、ぷち。
私は受験生だ。勉強しなくちゃいけない。今この瞬間も、模擬試験を解いている同級生はたくさんいる。私は、受験生、自分で自分のことを、受験生ですと、名乗ったつもりも宣言した記憶もどこにもない。
学校には、行きたくなければ、行かなくていいのかもしれない。

「行かないでどうするの、毎日」
「知らない」
「ちっ」

舌打ちをし返してやりながら、私はとうとうその場を後にした。



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