低空飛行から風穴(5/10)

5.
「はい、はーい」
 繋がった。なんとも気の抜けた女性の声が聞こえてきた瞬間から、香里はにわかに緊張してきた。まさか繋がるなんて思ってもいなかったし、ましてや繋がった後のことなんて考えてもいなかった。随分と浅はかな考えでえらいことをしてしまったもんだ。何を言ったらいいかと迷いながら口をぽかんと開けたままでいる。
「香里久しぶりじゃん」
「え、知ってるの私のこと」
「ああ? なーに言ってんの」突如けたけたけた、と笑い声らしきものが響いてくる。なんでさっき電話出なかったのさ、と受話口から漏れ出る声を受動的に耳が拾い上げ脳が処理するに任せる。「つっても、あれ何年前だったかなー。結構経つよね、5年? 6年? くらい前じゃない」
「な……なんだっけ」
「えー? 達志の繋がりでカラオケで会ってたでしょ。え? ほんと、覚えてないの」まじかー、と妙に平坦な声で続けるトモカ。ぱくぱくぱく、と壊れた金魚のおもちゃみたいに息を継ぐしか、香里がとれるリアクションはない。
 妙な好奇心の芽が心の奥底から頭を見せた。
 ねえ、と言った。それがトモカの声なのか、自分の発したものなのか、香里はわからなくなる。「どっかで会えない?」もしかしたら、お互いが同時に同じことを呟いたのかも。
「いーよ」
 平坦な口調はそのままで、トモカは、場所と時間を矢継ぎ早に伝えてきた。香里は、急いで頭の中にメモをする。

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