低空飛行から風穴(4/10)

4.
 時間を確認するという作業もないがしろにしたいほど投げやりで堕落的な気持ちに支配されていたけれど、カーテンの隙間から漏れ出る太陽光の量と角度でそれはおのずと知れた。
 お気に入りのピンクのチェック柄カーテンが部屋を薄桃に染めている。
 こういったときに、家族や友人に相談したり頼ったりする自分の姿が思い浮かびはすれど、実際に行動に移すことは絶対にないだろうという確信も同時に頭をもたげる。下手だ、ひとに甘えるということが。きっと私は交通事故に遭っても自分で立って歩ける程度であれば救急車なんて呼ばずにそのまま帰る人間だ、と香里は自身をこき下ろす。
 そもそも、手放しに甘えられる家族ではない。
 声が聞きたいだけ、なんて戯れで連絡できる友人や彼氏もいない。
 いまこのとき、この世でたったひとりなのだという唐突な感覚が足元から生々しく這い上がってくる。ぞわぞわとストッキングのつま先から寒気に似た鳥肌が立つ。自分で自分を抱きしめているこの恰好が一番みじめだ、と泣きたくもないのに涙が出そうになる。

 異質な音が聞こえた。
 タタタ、タタタ、タタタ、タタタン

 明らかに自然に発せられる音ではない。静寂が詰まっていた室内に、何かの節を伴った、キンキンとした、甲高く突き刺すような音が響く。
 スマホの音だ、と気づいた時には音が途切れていた。頭元に置いたままにしてあったスマホの画面がぼんやりとした灯りを発している。黙って見つめていると、やがて溶け込むように消えていった。

連絡を、くれたのか、誰かが。

 もしかしたら主任かもしれない、と頭の隅をかすめた。怠い体を持ち上げ手を伸ばそうとする。関節という関節が錆びつき、ブリキ製の人形にでもなった気分だった。
 画面には「トモカ」と出ていた。その下に「不在着信」の文字。
 トモカ? トモカ、トモカ、トモカ……。名が表示されているということは、自身で連絡先に登録したということだ。けれど、どれだけ頭の中で交友関係を検索してみてもトモカなる人物に思い至らない。そんな名前の友人いただろうか。
 着信、の文字をしばらく見やった。まばたきをするのも忘れるほどねめつける。眼球がしぱしぱ乾く。

 気づいたら香里は「トモカ」へ折り返し発信していた。
せっかくかけてきてくれたのだから、連絡を返すのは礼儀にかなった行動だと信じる気持ちと、半ばやけっぱちな気持ちと、この状況を「トモカ」という人物が打開してくれるのではないかという甘い期待がない交ぜになって心中にくすぶりはじめた。濁った心臓の内壁をこすりあげられるような痛みと鼓動に身を任せる。もう眠れないと思うほど寝た、寝まくった、と思いながらコール音をきく。
 少しの間、プルルルル、プルルルル、という単調な音が耳朶に響いた。

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