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ここにいてもいいんだろうか

新しいカフェとか入ったことのない飲食店とか、行ったことのないところへ行こうと思うときにまず思うのは「私に合う場所だろうか?」「私がいても空気を壊さない場所だろうか?」ってこと。

ふらりと新しい場所に足を踏み入れるということは、少なからずその場の分子が変動するということであって、影響を与えてしまうぶん迷惑をかけてはいけない、と配慮する変な癖がある。別にあんたのこと誰も見ちゃいない。わかってはいるけど、観察してしまう。合わなさそうだな、と思ったら入るのをやめる。

そんな性質なもんだから、一度気に入ったら行き続けてしまう。近所のカフェもそう。ひどいときは週5でモーニングしてた。「ここにいてもいいんだろうか」と遠慮なんかせずに、堂々とその場の空気に混じれる居場所は貴重。チーズドッグとカフェオレのコンビが最強。

惜しいのは、ほかにも私と同じように考えている人が多すぎて、けっこう常に混んでいるところ。みんな「惜しいな〜」と思いながらカフェオレを飲んでいるんだろう。大繁盛しているのは、カフェにとっては良いことだが、客にとってはあまり良いことはない。

久々に近所のカフェに行ったけれど、朝なのにやはり混んでいて、お気に入りの席を確保はできたけれど、近くにやたらと咳払いがスタッカートなお兄さんが座って早々と集中が途切れた。

エンッエンッみたいな拍子づいた咳払いが続く。リズムに乗っている。落ち着いた、と思ったらまたスタッカート。エンッエンッエンッエンッ。なんなんだ。これが最近の花粉症の症状なの?コーヒーとか飲んだらさらにスタッカート具合が悪化するのでは?

私は公共のマナーにうるさい性質なので、人の目や耳がある場所でうるさい音を立てる層に敏感なのだけど、スタッカート咳払いはちょっと次元が違った。わざとじゃないし、悪気があってやっているわけではないのだろうけど、耳障りなことに変わりはない。私が席を立てばいいって?それもわかってはいるけど、今の私にはホットカフェオレとチーズドッグが必要なのだ。

せっかくここにいてもいいんだと思えた場所から、すごすごと引き下がるを得ないのは、なんだか悲しいし、悔しい。

この世は声や身体が大きかったらいろいろ勝ちだよなあ、と思いながら、まだかろうじてあったかいカフェオレを啜った。イライラしていても、カフェオレは美味しかった。

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