低空飛行から風穴(8/10)

8.
 それから卒業までの短い間、毎日欠かさずカラオケで遊んだ。達志と智花と香里のいつだって3人で。

「棚橋香里です」
「智花でーす。ちょっと名前似てるね!」

 あっけらかんとそう言われてリアクションを示す暇もないまま、我先にと曲を入れまくる達志と智花をしばらく見守っていた。
 2人は産まれた病院が同じという生粋の幼馴染で、智花が母親の転勤についていく形で引っ越していったのが小学校入学前。それ以降もあちらこちらを転々としていたが、高校入学を機にまたこの地へ戻ってきたという。

 男女の幼馴染ってふつう年頃になったら疎遠になるもんなのにあたしらはそんなことなかったねー、と達志の歌う純恋歌を聞き流しながら智花は言った。そう言われてみればそうかもな、と香里も思ったが、達志や智花のキャラクターがそうさせたのだろうな、という気もする。

 ひと月に満たない時間の中でたくさんの話をした。

 学校のこと。友達のこと。恋愛のこと。流行っている俳優について、好きな音楽や食べ物について、使っている化粧品やいつも洋服を買う店の場所なんかも。

 正直に言ってしまうと、香里は浮いていた。これまで勉強しかしてこなかった自分。達志と智花の話にはついていけないことの方が多い。でも居心地は悪くなかった。それどころか、はじめて吸った息が肺の深くへ気持ちよく浸透していく心地さえ味わっていた。きっと、香里が何を言っても頭ごなしに否定するような2人ではないと肌感覚に沁みたからだろう。

「あたしさー」

 たまたま達志が席を離れていた時だった。それまで、お互いの容姿のことには自然と触れてこなかった。鼻先を指先でつんと押しながら、智花が何気なく言った。

「整形したいんだ」

 なんで? とは訊かなかった。
 整形そのものに香里は不思議と偏見を抱いてなかったし、したいというものを止める道理はないと思った。ただ、する必要なんかないのにな、とは考えた。

「どう思う?」
「したいんならすればいいと思う」
「あたしが整形したらいや?」
「それはない」
「そっか」

 そう言って智花は笑った。鼻先をつついたままの指先で、そのまま強く押し込み変顔をして見せる。香里はそれを見て楽しくて笑った。整形というワードが会話に出たのはそれが最初で最後だった。

 卒業してからも、香里と智花はちょくちょく連絡を取り合ってはいたが、大学での講義や試験に忙しく、卒業を機に就職して社会人となっていた智花とは生活ペースが合わなくなった。
 頻度はだんだんと尻すぼみになっていった。めまぐるしい日々に追いやられ、頭の中はたやすく智花以外のもので埋まっていった。会っていたのはひと月未満の間だったし、人生の中で羽目を外してしまった罪悪感の象徴として香里の中では半ば黒歴史と化していた。脳のフィルターは簡単に不必要なものは漉していく。

 やがて大学も無事に卒業し、なだれ込むように就職した。人間関係でとん挫し、とうとううずくまってしまうまでの茫洋とした時間の中で、「智花」は個体を伴わない「トモカ」になってしまった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。サポートいただけた分は、おうちで飲むココアかピルクルを買うのに使います。