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男はつらいよ ドイツの青年の話


今から30年近く前、私はダンスを習おうと思い立った。

子どもの頃、バレエを習っている子はみんな姿勢がよくてスリムで、猫背でぽっちゃり体型の私はとても羨ましかった。大人になっても相変わらず猫背だった私は、「ダンスで痩せて猫背もなおしたい」と憧れていた。

近所の教室はなんとなく恥ずかしかったので、ちょっと遠くにあるカルチャースクールで探してみた。すると、「リズムに合わせて一緒に気持ちいい汗をかきましょう!」みたいな売り文句の初心者歓迎のジャズダンス講座を発見。「お、これなら私でも入りやすそう」とさっそく体験レッスンに申し込んだ。

当日、レッスン室の隅で一人でストレッチしていると、もう一人体験レッスンの参加者が現れた。「おー心強い」と思って見ると、その人は背が高くてスリムな欧米系の男性だった。ダンスをする前とは思えないほど寡黙で、彫刻のようなホリの深い顔をしたクールな印象の青年だ。かなり話しかけづらかったが、幸い日本語がペラペラだったので自己紹介をした。その青年はドイツ出身で、仕事の関係で来日し、半年後には日本での仕事を終えて帰国する予定だと言う。だからその前にどうしてもジャズダンスを習っておきたいのだ、とも。この理由を不思議に感じた私は軽い気持ちで質問してみた。


「ドイツにはジャズダンス教室はあまり無いのですか?」

すると青年は表情を変えず、超まじめに答えた。

「ドイツにもジャズダンスを習うところはありますが、そこに男性は入れません」

「え?!」ちょっとびっくりした。よく意味がわからなかったので、さらに質問してみた。

「どうして男性は入れないのですか?」

「ドイツでは男性がジャズダンスをするのは一般的ではありません。でも僕はジャズダンスが踊れるようになりたい。だから日本での残りの半年間にどうしても習っておきたいのです」

あまりにも意外すぎて、それ以上会話は続かなかった。バレエとか社交ダンスとかが盛んな国なのに。

レッスンが始まると、寡黙な青年は長い手足を使いながら初めて踏むステップに苦戦していた。講師の先生が「ハイ!もっと大きく!」と満面の笑顔で盛り上げていたが、彼は笑顔を見せることなく硬い表情のまま踊り続けた。

ドイツでは男性がジャズダンスをやりづらいことに驚いた私だが、今の日本で男性がとても参加しにくいものって何だろう?と夫と一緒に考えてみた。これが意外と出てこない。私が諦めた頃に夫がふと口を開いた。

「アクアビクスは男にはかなり入りづらい」

水着姿で音楽にノリながら水中でダンスのように動く、というのが男性にとっていろんな無理が詰まってるらしい。確かに男性が参加してるところを見たことないかも。でもそれ以外は思い浮かばなかった。

日本のジェンダー・ギャップ指数(男女平等の度合い)の総合ランキングは153カ国中121位と相変わらず超低いが、スポーツや趣味の分野では今はずいぶん良い時代になったのだろう。かつては男子から「白いタイツなんかはけるか!」と言われていたバレエも、「嫁入り前の習いごと」とされていた料理教室も、新体操もシンクロも今では男性が進出している。

今あのドイツ青年が日本にいたら、帰国前の半年どころか来日直後からダンスを習ったかもしれない。いやいやあれから30年だしドイツでももう平気かな、と思って調べてみたら、ドイツ在住で趣味がジャズダンスという日本人の方のブログを見つけた。

   
「人気の趣味から分かるドイツ人の私生活」
  ----- 『ドイツでハンドメイド』


ジャズダンスがどういうダンスかさえ知らない人が結構いる、というドイツのジャズダンス事情に30年ぶりにビックリしたが、よく考えると日本でもそういうスポーツは意外とある。例えばインドやオーストラリアではプロリーグがあり、ワールドカップも行われるほど海外で人気のクリケットは、日本では流行っていない。クリケットは広いフィールドがいるので土地の狭い日本では難しいのかもしれないが、バレエと同じスタジオさえあればできるジャズダンスがドイツで一向に流行らないのはなぜだろう?
あの青年が誰の目も気にせずジャズダンスを習える日が来るのはまだ先のようだ。

余談だが、結局私はジャズダンス講座には入らなかった。でもダンサー体型への憧れは歳を取るほど強くなっている。なぜなら猫背の上に贅肉という頼んでもいないトッピングがつきだしたのだ。より一層丸くなってきた自分にため息をつく日々。まいったなぁ…しかも今は新型肺炎の流行で、スポーツ関係の習い事はほぼやっていない。万事休すか?

フッフッフッ
しかし私には30年前には無かったものがある。

YouTubeだ。

これなら自宅で無料で見られるし、脂肪燃焼ダンス動画がてんこ盛りだ。やっぱりいい時代だなぁ。あの青年もドイツの片隅でYouTubeのジャズダンス動画を見ながら踊っているかもしれない。

さぁ今度こそガンバレ私!誰にも遠慮はいらないぞ。階下の住人の方以外。

みなさんは「習ってみたいけど、自分にはちょっと…」と躊躇しているもの、ありますか?


:D

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